山川さんの中で、もっとも感銘を受けた小説は、一つ挙げるとすれば何ですか?
(2017/12/11 )
ご質問ありがとうございます。
「感銘を受けた」って「めっちゃ面白かった」ってことでいいんでしょうか。
読む小説は9割以上が海外文学の日本語訳作品です。
海外文学を好むようになったきっかけはフランツ・カフカ『変身』、アルベール・カミュ『異邦人』です。同時期に読んだので一つには絞れません。
両作品に共通しているのは「大変な事態が起きているのに、事態が論理的に説明つかない」点です。
『変身』は(有名なので説明もいらないと思いますが)主人公が目覚めると人間ではなくなっていた話、『異邦人』は主人公が衝動的に殺人を犯す話です。ふたつの物語は「出来事の解明」を寄せ付けないという共通点があります。
『変身』では、主人公の変身した理由は語られず、誰も理由を探ろうとしません。変身してしまった主人公を家族は放置したまま、解決の方向に向かいません。
『変身』に「問題が起きたから解決しよう」という起承転結=物語性はありません。主人公が変身したことにも必然性はありません。
物語技法の講座ではよく「物語には必然性がなければならない」と語られます。出来事には理由があり、理由相当の結果(因果関係)があります。出来事を追っていくこと=出来事を解明することが物語です。
例えば主人公の宿敵は、主人公本人が追い詰めなければなりません。悪役が主人公の活躍そっちのけで勝手に警察の御用になったり、偶然雷に打たれて死ぬような作品は物語技法において悪手とされます。
しかし『変身』は物語の悪手である「偶然」によって出来ています。主人公も家族も事態の解決に取り組むことはなく、成り行きまかせに事が進んでいきます。
『異邦人』も成り行きまかせの話です。主人公が殺人を犯したのは本当に偶然でしかなく、作中では「太陽のせい」だと印象的に語られます。殺人の動機が「太陽のせい」など馬鹿げている、彼には人の心が欠落していると主人公は非難されます。しかし『異邦人』を読むと、どうしても動機は「太陽のせい」としか表現できないのです。
この主人公はとても素直な人物です。彼は世間の慣習に興味がなく、自分を取り繕うこともなく率直です。しかし彼の率直すぎるあり方は、世の常識・慣習・不文律といった当たり前を根本的に破壊するものでした(童話『裸の王様』で「王様は裸である」と言い放った子供のような率直さです)。世の常識にとらわれた人々は彼のあり方を理解できず、今風に言えば彼はサイコパスであると誤解され、通常の殺人罪以上の極刑に処されます。
論理的に説明できない・理解できない相手が対象であるこれらの作品は、言い換えれば「物語にすることができない」ことを語っている作品なのです。
というわけで、『これは物語ではない』なんていう直球タイトルの小説に強い影響を与えた2作でした。『これは物語ではない』登場人物の名前「ザムザ」はまんま『変身』の引用です。あと帆来くんの心の空洞は『異邦人』の主人公ムルソーに通じるものがあるかもしれません。
「1作教えて」という質問ですが、どちらも同列なので順位付けられませんでした。あと話しが長くて申し訳ないです。あとこの質問、前にインタビューズかどこかで同じような回答を書いたことがある気がする。進歩がなくて申し訳ないです。
蛇足ですが、今まで読んだなかで印象に深い作品は 読まなくてよいページ にまとめています。長いので無理に読まなくて良いです。ただ私は読みにくい作品・難解な作品が好きなので、このページに挙げたオススメはいきなり読むと難しいかもしれません。
『変身』『異邦人』はともにかなり平易で短く、おまけにだいたいどこの古本屋でも100円で手に入るので、「非-物語」な作品に触れてみたい方には良い入門編になるかと思います。それにどちらも文句なしの名作です。
ご質問ありがとうございました。また何かありましたらご遠慮なくご連絡ください。あと長くてすいません。