前回はロンドンで「旅行で得られるものがGoogle画像検索を上回らないことへの危惧」を書きました、今日はエディンバラから続きを書きます。
最初の都市のロンドンに滞在中、「現実のヨーロッパの風景が、私が以前渡航せずイメージだけを参照して書いた小説とダブって見える」という危惧を抱きました。
それからリヴァプール、ヨーク、エディンバラ経由でグラスゴー、エディンバラへと北上し、各都市で違う景色を見ました。リヴァプールは旧市街と再開発地域の混ざり合った活気ある港街、ヨークは城壁の残る迷路のような旧市街、グラスゴーは建物が高く通りも広く、岩の上に立つ石造りの銀座といった印象を受けました。(イングランドの地形は平地または丘の印象ですが、スコットランドは岩と崖です)
現在滞在中のエディンバラではエディンバラ・フェスティバルというお祭りを毎年夏に開催しており、周辺的に、大道芸の祭典(周辺的な祭りなのでそのままFringeと呼ばれています)、芸術祭、映画祭などが開かれていて、通りはごった返しています。
鈍重な灰色のすすけた石造りの建造物に囲まれながら、いよいよイメージへの既視感で気持ちが沈みました。(街も祭りも罪はないです、私の感じ方の悪です。)竹馬を履いて仮装した客引きがビラを配り、パフォーマーと見物人でごった返す街。たぶん『Cipher』が明るい話なら、感じ方はもっと穏やかだったでしょうが、『Cipher』の内容は私の信じる規範や祈りが強く現れています。(自分の感情を載せすぎたというのがあの作品への反省点です。)
本当に気が荒んで、殺してくれ……と半笑いでうわごとを呟きながら、かの登場人物に哄笑されるヴィジョンを抱き、地図を見つつ特に目的はなく、Calton Hillという街中にある高台に移動しました。ナポレオン戦争を記念するモニュメントが建てられています。
本当に下調べもせず何も考えず、公園が好きなので足を運んだだけだったのですが、そこから望む光景に絶句しました。Calton Hillは公園というより崖のような高台で、古くからの城塞・エディンバラ城も崖の上に建てられた城で、街にいる間は気付きませんでしたが、街のすぐそばにはHolyrood Parkという自然公園があり、Salisbury Cragsという絶壁が迫っています。
この風景・この巨大さは東京では、日本では、ありえず、従って私の想像も超えていました。すると気が落ち着いてきました。非人間の世界、川・海・崖・山・荒野といった自然は、人間の想像を超えます。これが第一の解決策です。
それから、街や群衆といった集合を見ているとき、おそらく見え方が平均化されて(角が取れて)「想像通り」という感想に丸め込まれてしまいましたが、個人ひとりを見ているときは、自分と絶対に違う他者と向き合うので、個人と向き合うときにも現実はイメージの網を逃れられます。
美術作品、音楽の演奏者、ひとりひとりの振る舞いやあり方に着目すれば、他者は私の手に負えません。
まとめれば、街というような漠然的に大きな顔のない集まりを見るのではなく、個々人にフォーカスするか、あるいは人の想像を超える自然を見るかすれば、画像検索や絵葉書といった既存のイメージの網からは逃れられそうです。
都市を転々としながら、「世界がこんなに美しいことを、誰も教えてくれなかった」と度々思いました。親兄弟と学校教育への恨みのように、画像検索で見た既存のイメージへの恨みのように。
しだいに、誰かの教えてに頼っても仕方ない、自分で見つけないといけないと考えるようになりました。
これから見出す「美しさ」が既知のものと似ているとは限りません。新しいものに出会ったときに、既存の自分の価値観と照らし合わせて判断することは、排外的な態度につながります。自分がすでに知っている美しさだけが美しいとは限りません。世界の美しさを感じ取るためには、未知を尊重する柔軟な態度が必要です。
美しくなさへの柔軟さをおのれの中に蓄えるために、「一見美しくないアート」の鑑賞が手助けになると思いました。(美術という語はときとして誤訳になると思います。もともとartは「技」という意味でした。)なぜこんなものを作ったんだろうという疑問を働かせ続けることで、思考停止から逃れられると思います、というか、そういう道しるべとしての一役をこれからのアートに期待し、また一作家として参加したいと願いました。
リヴァプール滞在中、友達に教えてもらって、Anthony Gormleyの野外彫刻『Another Place』を見に行きました。リヴァプールから電車で20分ぐらいの、郊外の砂浜です。
作品が良かったというより海辺がただ良かったのですが、あの海のよさを引き立てるために作品が置かれたのかもしれません。だから、本当のところ、何によって良かったのか分からないのですが、朝の海はとても良かったです。
ブリテン島南部(イングランド)の砂は黄色っぽく、それに伴って海の色も明るい色でした。朝の光にはまだあいまいさがありましたが、凛と冷たく澄んで気持ちの良い天気でした。遠浅の海は干潮で、カモメ、チドリ、ツバメといった沢山の鳥たちと、打ち上げられたクラゲ(おそらくキタユウレイクラゲ)を見ました。遠く、青い空の端に白い風力発電の風車が回っていました。私は本当に、独りで来て良かったと思いました。