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星座の線をつなぐ

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やまかわよだかという読みのペンネームを2008年から名乗っている。宮沢賢治の『よだかの星』に由来する名前だが、星(恒星ひとつ)よりも星座の方が琴線に触れる。星は宇宙に実在しても、「星座」は宇宙にはないからだ。

星座を作る星々は、地球から見れば隣同士の星々だが、それぞれの星にとっては互いに何も関係がない。夏の夜に見つけやすいさそり座を例にあげると、さそり座の主な恒星のなかで、赤い一等星アンタレスは地球から約550光年離れているが、一番近いイプシロン星Larawagは地球から約80光年の位置にある。

日本宇宙少年団(YAC)が作った教材を読むと、星座がいかにバラバラか視覚的に理解しやすい。

地球人はそれぞれの星と星に関係を発見しているが、それはたまたま地球から見たからそのように見えただけだ。同じ地球上でもギリシャに住んでいた人々はサソリの形を発見し、中国に住んでいた人々は青龍の姿を発見し、日本に住んでいた人々は釣り針を発見した。現在、世界では、ギリシャで考えられた星座をベースに、地球からは北半球・南半球合わせて88個の星座が見られる、ということになっている。

天体観測用に「星座早見」という道具がある。プレートまたは皿状で、天の半球を模していて、日付と時刻を入力して天に掲げるといま頭上に現れている星がなんだかわかる。図鑑で星を探すよりはるかに手軽だ。『銀河鉄道の夜』にも星座早見が登場し、ジョバンニはほんとうにこんなようなさそりだの勇士だのそらにぎっしり居るだろうかと夢想する。(新潮文庫『新編 銀河鉄道の夜』 四、ケンタウル祭の夜 / 青空文庫

私もむかしは星座早見を持っていて、星座早見をかざして星を探した。星を探すとき、星座を探すのは同時だ。人間にとって星と星座は不可分で、アンタレスは「さそり座のアンタレス」として探し出される。さそり座のS字カーブが見つかればアンタレスも見つかり、アンタレスが先に見つかればあのS字カーブがさそり座、ということが判明する。

ただ、当たり前ながら、星座早見に描かれているさそり座のS字カーブの補助線は、実際のこの夜空には浮いていない。でもどんな本を読んでも、星座早見を見ても、プラネタリウムの上映プログラムでも、星と星の間は線を描かれてつながれている。

しだいに私は、星々をつなぐ見えない補助線にも関心を持った。「架空」とは文字通り、なにもないところ=「くう」になにかを「架」け渡すことだ。星々のあいだに何百光年もの飛躍をはさんで、さそりだの勇士だのをつなぐ星座の線は、まさに架空の存在だ。

「つなぐ」ことによって生ずる効果は2つあると考えている。ひとつは「生み出す」こと、もうひとつは「飛躍する」ことだ。前者はキュレーションと呼ばれていて、後者はシュルレアリスムで使われたやり方だ。

ものを作るとき、無から生みだすことはとても難しく、ほとんどの場合は既存のもの同士の組み合わせや、改良・批判から新しいものが生まれる。工業製品に限らず、(ギリシャ・ローマの考え方に影響された思想下では)芸術作品も、過去すでにあるものに、現在の世相が反映されて(させて)生み出される。19世紀の西洋絵画では、フランス革命(貴族がいなくなったことで絵画が市民のものになった)やカメラの発明(映像記録のメディアが絵画からカメラに代わった)などの当時の世相の影響によって、印象派という主義が生まれた。印象派は無から生まれたのではなく、フランス革命などの先駆する出来事と「つながって」生まれた。(例外的に、この宇宙がはじまった瞬間(ビッグバン)だけが無から有を生んだ。らしい)

また、ある新しいものが生まれたときに、「それが何に影響されて生まれたのか」、更に「その創造物がこれから世界にどんな影響を及ぼしているのか」そういった「意味の継承」の研究を博物館や美術館が行っている。
展覧会を開催するとき、この画家とこの写真家は師弟関係も面識もないけれど、実は同じ世相や思想の影響を受けているから作品を隣に並べて比較させる、というような、背後のつながりを研究して意味をつむいでいくことをキュレーションという。キュレーションをする研究者をキュレーターという。日本語で、学芸員のことだ(学芸員は博物館のチケットもぎりや会場監視員ではない)。
NAVERやまとめサイトの悪事悪評のせいで、カタカナのキュレーションという言葉の響きがすっかり悪くなってしまい、「キュレーション」でググると「キュレーション うざい」がサジェストされるほどになってしまったが、本来は研究者が研究対象同士の意味をつないでいくことを表している。

ここまで、意味のつながりが順当につむがれる様子を書いたが、関係のないもの同士を組み合わせることで「意味をむりやり作り出す」こともできる。シュルレアリスム運動の説明でよく引用される、ロートレアモンの詩『マルドロールの歌』(1869)のミシンと蝙蝠傘との解剖台の上での偶然の出会いが一番有名な例だろう。(『シュルレアリスム宣言』は1924年なので、ロートレアモン本人はシュルレアリストではない。)

本来解剖台の上にはいないはずの「ミシン」と「蝙蝠傘」が出会うことによって、解剖台、ミシン、蝙蝠傘がそれぞれに持っていた意味が変容し、詩のうえで新しいつながりを得る。意味の飛躍が違和感を生むだけでなく、新しい意味を生む。

いずれにせよ、まず無から生むのは不可能であり、なにかを生むには「つながり」がなければならない。順当な研究・改良も、飛躍した発想も、意味のつながりへの着目から生まれる。

だから、星よりも星座だ。見える物そのものだけでなく、物同士の見えないつながりが興味深い。私は書いたり描いたり作ることで、地表にも星座を描きたいと思っていた。星々よりも星々の間に広がるくうにこそ想像の余地がある。

という、かねてよりこっそり胸に秘めていた思いを、『近代文化史入門 超英文学講義』をひとまず読了して思い出した。

「超英文学」とあるように、この本ではイギリス文学を論じるためにイギリス国外の動向を紹介するし、取り扱う事象も文学や演劇にとどまらない。いきなり、ニュートンの光の研究『光学』がシェイクスピア後の英文学を変えた、というのだ。書籍紹介文を引用する。

今まで何の関係もないと思われていた2つのものが、1つであることを知ることこそ、魔術・マニエリスムの真諦である。そして、これこそが究極の「快」である。光学、辞典、哲学、テーブル、博物学、造園術、見世物、文字、貨幣、絵画、王立協会……。英国近代史を俯瞰し、歴史の裏に隠された知の水脈を、まるで名探偵ホームズのように解明する「脱領域の文化学」の試みである。(講談社学術文庫)

(高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』裏表紙より引用)

雑多にも見えるこれらのキーワードを、本当につなげて瞭然と書かれているので、読みながらなんというか詐欺師にだまされているような気になった。(だまされないように、これからもう一度精読しようと思う)

そう、それでイギリスに行く。イギリスなどに行く。ここまで長々と騙った星座の話も芸術の話も、またしてもでまかせだ。もう、息をつくようにデタラメや出任せを言わないと生きていけないようになってしまった。たぶん、シャイだから、いきなり本題を話せない。これも嘘です。おそらくシャイとは程遠いでしょう。私はただの出任せやろうです。

日程は、2018/08/07に成田を出て10/14に帰国、イギリス(ロンドン、リヴァプール、グラスゴー、エディンバラ)、アイルランド(ベルファスト、ダブリン)、ヨーロッパ大陸のいくつかの都市(アムステルダム、ベルリン、プラハ、クラクフ、ウィーン)、マルタに行く。チケットはもう買ってある。本当かよ。大丈夫かよ。69日の放浪まで、あと2週間しかない……。

出発日の8月7日は旅行会社に案内されるまま特に考えなしに決めた日付で、この日が案内されたのは、翌週以降はお盆休みで航空券が取れなくなるから、という理由だった。

じつは、10年前の2008年8月8日は、私が「よだか」というペンネームで「lib」というwebサイトをつくって作品を発表した日だ。’08/08/08は「やまかわよだか」の誕生日とも言える。出国の日の2018年8月7日は、その10年後……の前日だ。この辺、「つながり」が締まらないが、これは本当に無意識の偶然なので仕方がない。前後1日というだけでも結構な縁だと思いたい。

さんざん遠回りして、本当はこのことだけを書きたかった。意味はないが、日付でつながる線の話。

Author : 山川 夜高

libsy 管理人。DTP・webデザインを中心とした文化的何でも屋。
このサイトでは自作品(小説・美術作品)の発表と成果物の紹介をしています。blogではDTP等のTIPSを中心に自由研究を掲載しています。
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