新作小説『シンガロン(DEMO ver.)』抜粋試し読み
この原稿は3月23日(日)開催イベント TAMAコミ10 で発表予定の新作小説の一部抜粋です。
冒頭の書き出しではなく文中からの一部抜粋です。また、今日時点の原稿なので、書籍版とはほぼ確実に異なるバージョンになります。
※私は小説の行頭下げ処理を組版作業時にInDesign側で指定しているため、原稿の行頭に全角スペースを含めていません。
バンドメンバー募集を探して、弟子丸は雑誌のバンドメンバー募集欄を眺めたり、近所のスタジオやハコの掲示を目で追う日々を過ごした。職場の御茶ノ水近辺で探そうと思っていたのだが、休日のある日、モズライトを背負って入った地元八王子のスタジオの掲示板を眺めていると、今まさにひとりの男がチラシを貼りに来たところだった。
「ちょっとすみませんよ」と声をかけられて弟子丸が振り向くと、スキンヘッドの男が掲示板の前に割って入った。すげえ格好だなと弟子丸は男の背中をしげしげと眺めた。背丈は180センチ程度、大柄な体格でスキンヘッドもいかついが、なによりもでっかい猛禽類の花鳥画が背中にプリントされた柄シャツが物々しい。ワシだか何だか分からないが、巨大な翼を広げる鳥を見て、弟子丸はつい夢に見たそれを思い出し「天狗……」と独り言を呟いた。
スキンヘッドの男がさっと振り返り、「天狗だって?」と訝しげに尋ねる。
「ああ、いや、なんでもなくって」弟子丸はとっさにごまかしながらチラシの文言を見た。
『バンドメンバー募集 当方ボーカルとギター 曲を作ったので弾こう 好きなバンドは何某でジャンルは何々』という当たり障りない文言だが、やたらに達筆な筆書きである。そこに名前の上がっているバンドのセンスが悪くない。弟子丸の守備圏のポストハードコアだ。
チラシを貼りに来たスキンヘッドの男・土家は、ギターケースを背負ってチラシに見入っている男・弟子丸を観察した。すげえ格好だなと土家は弟子丸の背中をしげしげと眺めた。オーバルの丸眼鏡をかけてうねるロン毛の黒髪を後ろでゆるく束ねて、黒いロング丈のカンフーシャツを着ている、映画でしか見ないチャイナマフィアめいた格好だ。
「お兄さん、あんたなにやってんだ?」土家は弟子丸の背中に声をかけた。変な服着てる割に自分と年齢は変わらなそうだと、視線を交えて互いに思った。
弟子丸は「ギター……あとベース」と返す。「ほんとはギター弾きたいんだけど、前のバンドでやってたのはベース」
「いいじゃん」と土家は眉を吊り上げた。「どっかに余ってる良いドラマー知らないか?」
「思いつかないなあ……」弟子丸は腕を組んで考える。
初対面相手に話をする距離感と緊張はあったが、間合いを探り合ううちに似たもの同士の親密さみたいなものが生まれようとしていた。
弟子丸は尋ねた。「どんな曲作ったんだ?」
土家は脇に立てかけた自分のギターケースを担いで、二人は弟子丸の予約した部屋に入った。それでそのまま、土家の吹き込んだデモテープを聴いて、二人は合わせてみた。
ダンサブルなオルタナ・ロックだ。トリッキーなカッティングを交えたリズムが心地よい。
「タッチ・アンド・ゴーが好きでさ」とサンバースト塗装のストラトキャスターを抱えた土家は言った。
「いいじゃん」と弟子丸は返した。「チラシにも書いとこうぜ、タッチ・アンド・ゴーからアルバム出そうぜって……」
スタジオの掲示板にバンドメンバー募集のチラシを貼った1月後、八王子駅前の繁華街の奥まった場所にある喫茶店で、土家はマイルドセブン、弟子丸はクールをふかしていた。
チラシを見て連絡してきたイカれたドラマーが現れたので、こうして待ち合わせをしている。今日の土家もいかつい総柄シャツ、弟子丸はチャイナシャツだ。
「えーと、土家さん?」
現れたドラマーは、無地のワークシャツにゆるいカーゴパンツ、キャップをかぶり、ウェリントンフレームのメガネをかけたスニーカー履きの男だった。
普通の人来た! と弟子丸は声をあげそうになった。
「どうも、初めまして、和田さん?」と土家は頭を下げる。「こっち、先に来てるのが、ギターとかの弟子丸さん」
「あ……どもっす」弟子丸は席をつめる。
和田はキャップを外して頭をかく。
「あれ、もしかしてドレスコードとかありました? オレ、変な服って持ってないんだよね。こないだウチワサボテン柄のTシャツ買ったんだけど、それ着てくればよかったかな」
と、コーヒーだけ飲んでいた土家と弟子丸をさしおいて、和田は名物のカツカレーを注文した。
おい変な人来たぞ。水のグラスを口に運ぶ弟子丸と土家のタイミングがシンクロした。
おしぼりで手を拭きながら、和田は「弟子丸さんって、あの弟子丸くん?」と尋ねた。「いや、6年2組の弟子丸くんかなって。オレ1組だったから覚えてないか。珍しい苗字だなって覚えてたんだよね」
小学校のころサッカークラブに在籍していた弟子丸は、少年野球チームに所属していた友達が「和田ちゃん」と呼んでいたイガグリ頭の同級生の存在をおぼろげながら思い出した。
「なんだ、知り合いだったのか」と土家が驚嘆する。同じ市内の出身でも土家はもっと山間の地域の出身だった。
「土家だ。曲を作ったからやりたくなった。ひとりで曲を捏ねていても手応えが分からんので、バンドを組んでみたくなった。残念ながらあまり経験がないので、力を貸してくれたら嬉しい。とりあえずデモを作ったから、問題なさそうか聴いてみてくれ。よろしく頼む」
「弟子丸っす。俺もひとりでDTMしてたんだけど……学生んときはバンドも組んでた。そっちではベースやってたんだけど、ちょっと良いギターゲットしたから使ってやりたい」
「何使ってんの?」と和田。
「モズライト……と、RBX。土家さんの曲は聴いたよ。バンドで肉付けしてったらどんどん楽しくなると思う」
「おお」と土家。「経験者、頼りにしてるぞ」
注文したカツカレーが届いて、和田はむしゃむしゃと食べ始めた。土家と弟子丸は昼食を済ませているが、お腹の空く匂いが漂った。
「和田幹央っす。スタジオのチラシ見て来ました。ちょうど叩けるバンドがなくなっちゃって、っていうか、ケンカ別れしちゃったんだけど(むしゃむしゃ……)」
「というと?」
カレーを食べる手を止めないまま、和田が言うにはこういうことだった。
「オレさ、ピクシーズとかソニック・ユースとかが好きだったのよ。で、そういう奴らがいて、じゃあ一緒にやろうってなったんだよ。ボーカルが女の子でさ、気だるい感じで鼻歌みたいに歌っててすごくいい感じだったんだよ。(むしゃむしゃ……)
でもメンバーで喧嘩になってね、それがバカな理由なんだよね。ボーカルの子がベースとギターに二股かけてたって言うんだ。でもそれもベースとギターの勘違いで、本当はどっちとも付き合ってなくて、よそにカレシがいたんだけど、それがよくイベントでお世話になってたハコのスタッフさんで、三つ巴……(むしゃむしゃ……)そのことでスタジオ合わせの練習のときもずーっと揉めてて。もうアホかと。馬鹿かと。おまえら、(むしゃむしゃ……)喧嘩してる時間もスタジオに金払ってんだぞと。
それでもう、バンド抜けるわってその場で言っちゃって、出てきちゃったんだよ、で、どうしよっかな〜って掲示板を見たら募集のチラシがあったから、じゃあこっちでいいじゃんって、ちょうどいいかなって(むしゃむしゃ……)向こうのバンド蹴ってきたんだよね(むしゃむしゃ……)」
おい、ずいぶんロックなやつが来たぞ。
弟子丸は、和田の方に煙がかからないように煙草の火を消した。
「なんにせよ……うん、なんにせよ、経験豊富なのはありがたいな。よろしく」と土家が話をまとめた。
「そうだな。ツッチーだっけ?(むしゃむしゃ……)よろしくな」
小説『シンガロン(DEMO ver.)』は3月23日(日)開催イベント TAMAコミ10 で発表予定です。
進捗率は、クライマックスをもう1山書いたら初稿フィニッシュ(時間がないので初稿のままゴールにシュート)という状況です。
2月中に初稿が終わらなかったのが残念でなりません。いまからでも閏年にできませんか?
近況報告の続き
the pillows ってすごく良くないですか
「なにを今更」オブザイヤーですが。先日YouTubeで『フリクリ』一挙公開を観て(初見)、ピロウズ、いいなあ、と思いました。
ピロウズ好きだと言ってくれた友達、このアルバムがオススメだよと教えてくれた友達に、「良かった」と伝えたく、ここに書きます。
写真と散策
オタマトーンにサングラスをかけて遊びました。
散歩もしました。
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