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写真:鴨川の飛び石の上に立つねずみちゃん、とりたん(写真加筆絵)

2026/1/18開催 文学フリマ京都10 参加に合わせて京都を観光しました。京都訪問はこれが2回目です。まだまだ行っていない場所がたくさんあります。


1/17(土)

関西にお住まいの氷屋さん・自分が乗った新幹線とは別便で来た風野湊さんを誘い、河井寛次郎記念館を訪問した。

自分ひとりの訪問なら京セラ美術館にでも長時間いるところだが、同行者は美術鑑賞に慣れていないので、小さな美術館を選定した。ここは以前日本画専攻の友人から勧められたので、一度訪問してみたかった。

写真:河井寛次郎記念館2階展示室 畳敷の居室に展示されているブロンズ像や竹編みの民具

民藝運動とは、大正時代にはじまった、市井の人々の手仕事による生活道具から美的価値を「発見」しようとする活動である。それは、作家が判明している・貴人や権力者が所有した・絢爛豪華で高価な工芸品だけを取り上げてきた従来の美術史に対して、ちまたの無名の人々による「オルタナティブな」価値や美術史を見いだそうとする活動だった。(※参考文献はありません。くわしく知りたい方、ごめんなさい!)

だから民藝運動には「日本の美」を発見しようとする民族ナショナリズム的な意図もあった。ナショナリズムという言葉にはつねに帝国主義の影が差すが、自民族の立場に立って歴史を語りなおす必要性は、新幹線車内で読んでいた大和田俊之『アメリカ音楽史』(講談社新書メチエ)の記述と重なった。
アメリカ音楽史において「フォーク」や「カントリー」ミュージックの「発見」がもつ政治的意味合いだったり、これまでのアメリカ音楽史が民族によって(たとえば、黒人の視点から・ユダヤ人の目線から)語られてきたことが書籍では指摘されている。(※読み返してないので間違っているかも!)
日本民藝運動もまた「フォーク」や「カントリー」の発見であり、それを「自民族の視点から」語ることである。

美術作品は「美しいね」という感想だけでは鑑賞できない。それだけでは鑑賞と呼べないと私は思う。美術とは、歴史のうえでこれがどんな意図をもって制作され・収蔵されたかというメタ視点なしに鑑賞することはできない。
(余談だが、さまざまな作家が「作品の制作意図や背景を気にせず自由に鑑賞してほしい」と言うのは「本来は制作意図や背景を読むことも鑑賞に含まれるが、あえての提案」である、はず)

こと日本美術や工芸品に対して、私は「美しいね」だけにならないように、慎重な態度で鑑賞しようとした。しかし、そのような憂慮よりも、作家本人が設計した邸宅の住空間に設置されている家具やブロンズ像を観たことが、想像以上に面白い鑑賞体験になった。

自分が見に行く美術作品は、美術館の広くて生活家具のない室内で作品を鑑賞するタイプの現代美術だ。そのように作品を見るためだけに作られた空間を現代美術では「ホワイトキューブ」と呼ぶ。

靴を脱いでかつての他人の家を訪問し、日差しが差して花の活けられた居室を回りながら作品を見ると、今までホワイトキューブでは感じたことのない種類の緊張感と親密さを同時に感じた。これは体験して良かった。

写真:河井寛次郎記念館 1階の日の当たる居室で寝ている看板猫の「えき」ちゃん

写真:河井寛次郎記念館展示品 河井がデザインした真鍮製のキセル、陶製の帯留めなど

 

その後は河原町のあたりを歩き、民族楽器コイズミを訪れた。2022年にも訪問したが、そのときは何も買わなかったので、今回は木製のタマゴ型のシェイカーを購入した。ベトナム製だそうだ。握り心地が良く、ポケットに忍ばせたい。

 

氷屋さん一押しの甘味処で休憩したあと、そのあと喫茶GABOR(ガボウル)で玉子サンドを食べた。ガボウルの玉子サンドはパンも玉子も分厚くふわふわで、食べごたえがあるタイプ。

写真:喫茶GABORの玉子サンド。ケチャップと辛子マヨネーズを塗った厚切りの食パンで厚いだし巻き玉子をはさんでいる。


1/18(日)文学フリマ京都当日

写真:志津屋のパン。カルネ(ハムと玉葱を挟んだパン)、あんバタークロワッサン、コーヒー

朝食は志津屋のイートインを利用した。名物のカルネ(ハムと玉葱を挟んだパン)とあんバタークロワッサン、コーヒーを頂き、昼食用に玉子サンドを追加で持ち帰った。

 

時間に余裕があるので少し散歩した。滞在中は日中は暖かい日が続き、過ごしやすかった。

写真:鴨川の飛び石を渡る2人の人物を遠くから撮影

 

実は自宅にポスターを忘れてしまったのだが、今回の京都会場は出店者側のスペースが狭かったので、ポスターは立てなくて正解だったと思う。

写真:文学フリマ京都会場で食べた志津屋の玉子サンド。トーストしてマヨネーズを塗った薄いパンで、厚焼きのだし巻き玉子とスライスしたキュウリをはさんでいる。

昼食は志津屋で買ってきた玉子サンド。この玉子サンドはパンがトーストされていて、トーストの香ばしさが想像以上に効果的な風味を出していた。めちゃくちゃおいしい。

 

今回のフリーペーパーは近況報告に徹した(2025年の活動まとめや、直近に書いたエッセイ記事の紹介)。そう、10月からギター習い始めちゃって、次の4月にライブハウスをブッキングした発表会があるんだけど、私、キングクリムゾンの『Red』やるんですよ(笑)という話を出店者仲間のプログレファンの方に報告したら「『Red』難しくないですか?」と言われて、大丈夫かな〜って思い直しているところ。

フリーペーパーのバックナンバーはこちらから読めます。→ 海辺新聞(フリーペーパー)バックナンバー

 

写真:2026/1/18 文学フリマ京都10 シーサイドブックス 卓上 ねずみちゃんマペットと名刺、イタリさんにモデリング・出力していただいたねずみちゃん3Dプリンタ製フィギュア、うえのさんが作成された木彫りのとりたん、サングラスをかけたにゃんぷっぷー(blobcat)

Fediverseで知り合ったうえのさんからお土産に木彫りのとりたんを頂いた。一時的に机の上に飾ってみると、にゃんぷっぷーのぬいぐるみや以前イタリさんから頂いたねずみちゃんのフィギュアとコラボして、とてもFediverseな卓上になった。連合を感じる……!

 

今回フリーペーパーを35部持ち込んだが、実は14時ごろ(開場から2時間)の段階でなくなりかけてしまった。そこで来場していた氷屋さんに無理を言って、近隣のコンビニでチラシを増刷して頂いた。本当にありがとうございます……。お手間をとらせ、大変申し訳ありません。助かりました……。

というわけで文学フリマ京都でフリーペーパーは増刷を合わせて60部ほど手に取られた。文学フリマ京都では、来場者のフリーペーパーへの関心度が他の開催地の文学フリマよりも高いような気がした。

35部はナメすぎた量だったと反省しています。余ってでもたくさん持っていくべきでした。

 

写真:深夜喫茶 多聞のホットサンドとコーヒー

イベント終了後は、うえのさんと深夜喫茶/ホール 多聞で長い話にふけった。夜中まで人文・美術・宗教などについて語り、とても充実して幸せな時間だった(ありがとうございます!)

「私が」という視点でしか考えられない人の作品や視点ははっきり言って視野が狭く、薄っぺらい。内的な「私が」の開陳だけでなく、いまいる場所やこれまでの歴史に対して自分はいまどこにいるのかという「自分の参考文献」を提示できる人との話は面白いし、安心して話をすることができる。そういう人とインターネットや即売会の場で出会えるのは希少なことなので、今回のオフ会はとてもありがたい機会になった。

これは文学フリマをはじめとしたアマチュアのエッセイに対する苦言になる。文学フリマではノンフィクション・エッセイの出店者や読者も多く、特に執筆者にも読者にも需要があるのは、メンタルヘルスの闘病記など、辛い体験を打ち明けるジャンルだそうだ。(文学フリマ事務局スタッフの知人に数年前に聴いた話)
けれども本来辛い体験を語ることや聴くことには適切な指導者による訓練がいるはずだ。訓練なく無尽蔵に「私」を開陳する執筆者も、訓練されていないテキストを身構えずに読んだ読者も、赤裸々な「私」の痛みの感受によって余計に傷を負うのではないかと危惧している。「私が」でしか話せないことの危険性はそういったところにもあると思っている。

うえのさんの活動内容と展望を聞き、隣人のために献身的に活動をする姿に背筋を正された。

私も私にできることをしたいと思った。だから――と言葉にすると、私は今ろくに説明していないので文が飛躍してしまうが――色々なことをフットワーク軽く飛びつけるようにするために、しばらく貯金を作る活動をしようと思った。金銭的な貯金と、さまざまな技術的な貯金だ。これから苦労や不自由な思いもするだろうが、しかし、痛みを伴わない変化はない。数年は好奇心をもって取り組んでみたい。


1/19(月)

写真:京都市役所そばの喫茶店「アルザ」のモーニングメニュー。ホットドッグ、オムレツ、サラダ

京都市役所そばのカフェ アルザでモーニング。つつましいサイズのオムレツだが、中は完璧な半熟状態ですばらしかった。

 

写真:南禅寺の庭園を通る水路閣 1890年(明治23年)に竣工されたレンガ製の水道橋で、琵琶湖疎水を通している

写真:南禅寺の庭園の木々の間に隠れている水路閣

そのまま京都市営地下鉄東西線で南禅寺に向かい、境内にある、琵琶湖疎水の水道橋(水路閣)を見学した。明治時代の煉瓦製の水道橋がいまだに琵琶湖からの水を引いていることに驚いた。この水の流れは文学フリマ京都の会場である京都市勧業館や平安神宮の隣を流れる堀に繋がり、鴨川に合流する。水の流れはけっこう速く、勢いがある。

写真:水路閣の上を流れている水路

 

南禅院と庭園は工事中だったが、森の中に琵琶湖疎水に沿って蹴上放水所へ歩ける道が続いていたので、寺院を早々に後にしてそのハイキングコースをたどった。観光客はみな寺院を見学しており、こちらには誰も来ない。はじめて通る誰もいない道を歩き、私は歩くことがいちばん楽しいのだったと思い出した。歩くこと、足をどんどん動かすこと、すると景色が変わり、止めどない思索と心地よい疲労を覚える。歩くのが好きだ。

写真:南禅寺の水路閣から疎水分線を歩き、蹴上放水所へ続く道。森の斜面を通るレンガ造りの水路で、琵琶湖疎水が流れている。

写真:蹴上放水所の上から太い水道管を撮影。平安神宮方面の京都の町並みが見える。

 

日本初の一般供給用水力発電所である蹴上発電所を眺めたあと、インクラインの跡地を歩いた。これは、まだ水運が運送を担っていたころに、水路の途中の高低差を船がそのまま進めるように、船を台車に乗せて斜面をケーブルカーで運ぶという大掛かりな事業の跡地だ。

写真:インクライン運転に使われた車両と船舶の実物再現

写真:インクライン運転跡地。下り坂の上をまっすぐにレールが通っている。斜面の下には京都市動物園方面の京都の町並みが見える。

首都が東京に移り京都の地位が衰えるなかで、水路の整備には切実な需要があり、寺院に水道橋を通すことや水運の整備には市民・政治家・寺院の間でたいへんな労苦や力のぶつかり合いがあったのではないかと想像する。

訪問したのが月曜日で、琵琶湖疎水記念館が休業日だったのが残念だ。

 

それから西へ1駅歩いて、青蓮院を見学した。これはまた別の方におすすめして頂いた寺院。自分の知識が足りず、門跡寺院(天皇家の御所として使われた寺院)であることや、天台宗寺院であるが法然(浄土宗)・親鸞(浄土真宗)ともかかわりの深い寺院であることを知らなかった。すべてのことには様々な要素が絡み合っているもので、このような事例を知ると「天台宗/浄土宗」のように縦割りなカテゴリーだけで物事を捉えるのは無理だと改めて思った。

写真:青蓮院 宸殿(しんでん)の外観。

写真:青蓮院 華頂殿と庭園。日の当たる縁側には、おそらくボタンと思われる薄ピンク色の花が飾られている。

写真:青蓮院 廊下の花頭窓から外光が射し込んでいる。

写真:青蓮院 屋内の廊下の角から庭園の池を撮影

 

ところで、次回の訪問時には学んでほしいが、冬の仏閣の見学時は足がとにかく冷えるので、足に貼るカイロなどを利用したほうが良い。板張りも畳もたいへん冷える。

写真:青蓮院 華頂殿の日の当たる縁側に飾られている、おそらくボタンと思われる薄ピンク色の花

 

青蓮院の坂の下にあるうどん屋「お福」で昼食をとった。何を食べても美味しそうで迷ったが、甘いおあげの乗ったきつねうどんを注文した。期待通りに美味しかった。

写真:「お福」の甘きつねうどん

 

宿に預けた荷物を取りに行くついでに鴨川の飛び石を渡ってみた。思いのほか石の感覚が大きく、水の流れも速いので、ちょっとしたスリルがある。

写真:鴨川の飛び石を遠景から撮影。

写真:鴨川の飛び石を渡りながら来た道を振り返って撮影。四角い切石のほかに、渡し舟型の石、千鳥型の石がある。

 

京都駅でお土産を購入。母からリクエストがあった阿闍梨餅のほか、諸事情あってギターを借りている友人宛にAoQ(青久)で麩焼きせんべいのチョコレートがけを買った。パッケージの紙袋が真っ青で格好良い。あとは自分用に定番の茶の菓

新幹線に乗る前に、新幹線中央口のそばのDONQで玉子サンドをおやつに買った。これは冷蔵されたパンがパサパサになるのを見越して多めにバターが塗られており、こまやかな心配りが心を打つ。玉子は甘め。おいしかった。お願いだから全国のDONQで販売してほしい。

写真:京都駅のDONQで買った玉子サンド。バターを塗った薄切りの食パンで、甘めの厚焼き玉子を包んでいる。

 

滞在中、京都で会いに来てくれた皆様、本当にありがとうございました。また京都でも・東京でも・どこででもお会いしましょう。それではまた。

Author : 山川 夜高

山川 夜高

libsy 管理人。DTP・webデザインを中心とした文化的何でも屋。
このサイトでは自作品(小説・美術作品)の発表と成果物の紹介をしています。blogではDTP等のTIPSを中心に自由研究を掲載しています。
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