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イラスト:京都市内を散策する青野(Drive to Pluto)、小澤(SIGNALREDS)、伊野(SIGNALREDS)

界隈で自分がどんな音楽を聴いてきたか履歴を明かすのが流行っているので私も書きますが、履歴と言えるほど音楽を聴いてなかった(かといって小説や映画も胸を張れるほど追っていない)。

本当は私史を排して書きたかったが、『Cipher』(ジャズピアニストの話)以降は、『ミッドナイト・ヘッドライト』(1997年の日本のインディー・ロックバンドの話)など音楽にまつわる話を書くための調べ物として該当する時代や作風の音楽を探し聴いていた。そのためある時期を転機に、私の生活のためではなく作品(小説)に要請された調べものとして音楽を聴いていた面が強くなり、音楽にまつわる履歴は私の製作記録にもなる。

というわけで高校までは私の思い出話、大学からは私の作品と絡めた話になる。

追記:当時参考にしていたディスクガイドのWebサイトのアーカイブリンクをを追加しました。

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中学まで

母のCDを聴いていた。

スピッツ:1st『スピッツ』、B面集『花鳥風月』と『色色衣』、飛んで10th『三日月ロック』、11th『スーベニア』とそれ以降のアルバム作品。

QUEEN:ベストアルバム2枚『Jewels』『Jewels Ⅱ』

THE BLUE HEARTS:ベストアルバム『Singles 1990-1993』

そしてなぜかエリック・サティのCD(ドビュッシー編曲版『ジムノペディ』などを収録)があった。

 

音楽というよりも日本語の文芸作品としてスピッツは衝撃的だった。以前「あなたが小説を書く上で影響を受けた・ルーツになった作品は何か?」と尋ねられたときにも振り返ったが、文芸作品よりはスピッツの詞が私の言葉遣いの「おてほん」になったと思う。小説をまともに読み始めたのは高校・大学に上がったころで、私の言語野?もある程度成熟してきたあとだったが、スピッツはまだ意識の形が定まらずにやわらかかったころの可変の私を形作るのにかなり影響を及ぼしたはずだ。言葉と言葉のつながりはここまで飛躍しても良いのだと、文芸の自由さを教わった。

 

幼いころに影響を受けた作品はあまり思いつかない。小説にもましてや漫画にも親しまず、アニメは当時民放で流れていたものをリアルタイムに見ていただけだった。しかしゲームはPS2『塊魂』『みんな大好き塊魂』に夢中になっていた。今見るとステージBGMにすごい変なメンバーを起用してるよね。私は『愛のメモリー』の前に『愛のカタマリー』で松崎しげるを知った。(日に焼けた肌

『FINAL FANTASY』シリーズのナンバリング6, 7, 8, 9, 10, 10-2, 12, 13の音楽(テーマソングよりはフィールド・バトルのBGM)にも親しんだ。

 

ちなみにこの頃の創作キャラにもギタリストはいた(バンドは組んでなかった)。三つ子の魂百までって本当なんですね。

 

 

高校

華々しい高校デビュー♪ ということはなかった。中学の友人から入門モデルのストラトキャスターを借りパクして(※まだ返していない)軽音楽同好会に入ったが、どんな音楽が好きか・何をしたいのかを言語化できず、というか言語化できたとしても馬の合う部員はいなかったと思う。なんかアヴリルのSk8er Boyとか弾かされたりOBのチケットノルマに付き合わされたりとまあまあな黒歴史体験になり、このへんの思い出はのちに『ミッドナイト・ヘッドライト』でお焚き上げされることになる。そんなこんなで「美大受験があるから〜笑」と軽音部から1年で逃げて美術部で油絵を描いてたら、高校1年時の担任に「山川はねえ、ゴッホだよ。」と謎の批評をされた話は今はしなくてもよい。

さて同じクラスの友人Aがスピッツを全作持っているスピッツフリークで、初対面の挨拶のときに「音楽って何聴いてる?」の質問に「スピッツ」と返したら「スピッツぅ!!????」と大声をあげられ、私が持ってないCDアルバムを数日にわけて全作貸してもらった。スピッツで日本語を学んだティーンエイジャーに9th『ハヤブサ』のロックは刺激が強すぎた。登下校時に何回聴いたのか分からない。

思い返せば家にはライブDVD『放浪隼純情双六』はあったのに、なんでアルバムのハヤブサはなかったんだろう。

時代的には『初音ミクの消失』『ワールドイズマイン』が最初のボカロ曲として流行りだした頃だったと思う。同じクラスの軽音楽同好会所属のイキったドラマー(ドラムを叩けるのが部内の1年生で自分ひとりなのを良いことに滅茶苦茶偉そうだった)が「初音ミクやべえ!」とクラスメイト全員に喧伝していたので一応聴いた。しかし彼は昼休みに流れた『空も飛べるはず』の間奏の三輪ギターで「スピッツってこんなに格好良いんだ!!??」と感銘を受けていたので根は素直ないいやつだったのかもしれない。

またクラスの友人Bは「山川ならこれを聴いてくれる気がする」と謎の信頼をもってスーパーカー、神聖かまってちゃん、真空メロウ を勧めてくれた。今思うと真空メロウがさらっと出てきたのが面白い。その友人Bは高校生にしてスピッツは「あじさい通り」が一番好きというあまりに渋い趣味をもっていた。

 

当時ヴィレッジヴァンガードがまだ『遊べる本屋』と呼ばれていたころ、町田駅前のヴィレヴァンはかなりデカくて暇つぶしに通った。「あれはヴィレッジヴァンガードがまだ『遊べる本屋』と呼ばれていたころの話じゃ……」という語り出しを思いついたんだけど使いどころがなかなか無いので今使っちゃいますね。ヴィレヴァンではFAT PROPの『THE DIE IS CAST』をなんとなく買ったが、そういえばヴィレヴァンでは結局本を1冊も買わなかった。だから今は本なんか売り場で押さなくなっちゃったんだよ。

 

大学受験にはスピッツの『とげまる』を聴いて勇んで挑みましたがムサビは落ちました。これ本当に脱線ばかりですね。

 

 

大学〜その後

高校までは聴いている音楽が少なかったので何とか経緯を追えたが、ここから分からなくなってくる。

 

少しさかのぼって高校3年の11〜12月ごろ? ロキノン別冊『BRIDGE』で草野マサムネの特集があり、友人Aから雑誌を借りて読んだ。マサムネへのインタビュー記事の「最近良かった新人は?」という質問に、マサムネと同郷の北九州のバンド People In The Box の名が挙げられていて、同誌には People In The Box『Family Record』リリース記念のインタビューも掲載されていた。そこで波多野裕文が「ラブソングをはじめとした作者の私的な・日記的な作品を作ることはない」というようなことを語っていて、(スカしてるけど)信頼が置ける・尖っていて良さそうな人たちだと彼らの名前だけ控えておいた。

で私は運がいいのか理性があったのか、受験が落ち着いたあとになってから、『旧市街』『ストックホルム』のMVを見て……

 

悟。

 

冗談でなく「答え」を得た感覚がした。気付いたら『Family Record』が手元にあった。

 

予備校からの帰宅が遅くなるときに、夜の電車の車窓に流れる闇を見送りながら、生まれた瞬間から後日談であるかのようなストーリーにもならないストーリーをぼんやり考えて暖めていた。3月末〜4月に『新市街』を聴いたときに「これ、書けるのでは?」と悟りを得て書き始めたのがストーリーではないようなストーリーのあの小説だった。

 

 

Drive to Pluto その1

アマチュア創作者たちが「イメージソング」と称してタイアップでもないのに既存の(メジャーな)音楽を勝手に自作品に宛てがっているのを知り、それ本来の「イメージソング」という定義とは違うよねと思った私が、作中作としてフィクションのロックバンドを考え始めたのもこの頃だった。だからここまで聴いてきた音楽がおおむね Drive to Pluto を最初に方向づけている。

(賢明な読者はもうお気付きだろうが、アレの3ピース編成は完全にアレのアレから来ているが、これ以上は文字が血で滲んで読めないことになっている)

スピッツは現在でも活動中だが、私が好きなスピッツは2nd『名前をつけてやる』の頃の、現在のスピッツ的なスピッツにプロデュースされる前のスピッツだった。スーパーカーも私の高校時代には解散しており、私にとって「音楽」は終わった過去から聴こえてくる残響を拾う体験だった。Drive to Pluto が「過去の音楽」として八月一日の憧憬に現れるのはこの辺が由来である。(じゃあ私が高校のときに現在進行形でイケてるバンドにハマってたらホズミんはあんな酷い目に遭わなかったっていうんですか!?)

 

 

駅前TSUTAYAさんで

バイトをしていなかったのでたいして金がなかったはずなのに、どこから捻出したのか、大学の登下校時に毎週のようにTSUTAYAでCDをレンタルした。多摩美の最寄り駅の橋本のTSUTAYAが小さい割に妙にJ-ROCKやポストロックの品揃えがよく、事前知識なしのランダムなジャケ借りがはかどった。また新宿・渋谷へ行くたびにTSUTAYAに立ち寄っていた。

大学の友人は揃ってイケていて、順不同で書き出すと サカナクション, ART-SCHOOL, FoZZtone, GRAPEVINE, Kuh, Radiohead, te’, Weather Report, 9mm Parabellum Ballet, 凛として時雨 などを貸してくれた。

TSUTAYAでランダムに借りたのは ハイスイノナサ, ふくろうず, Aureole, avengers in sci-fi, the band apart, Bohemianvoodoo, Death Cab For Cutie, group_inou, he, jizue, Mogwai, The Sea and Cake, Sigur Rós, toe, etc…

Twitter経由でネットの友達ができた。東京事変をアルバムで聴いたのはフォロワーがきっかけだった。

 

 

ライブへ、ラジオで

高校の軽音楽部でのチケットノルマ付き合わされは一旦忘れて、自分の意思でライブへ行く。 楽器を演奏している肉体があんなに美しいものだとは知らなかった。楽器のために作り替えられる身体も、身体の拡張モジュールとしての楽器も美しかった。

J-WAVEの深夜ラジオ「King’s Place」のパーソナリティにPeople In The Boxが起用され、そこで流れた音楽は聴いた。Autechre, Metallica, Sonic Youth, Wilco など。ゲストにGOING UNDER GROUNDが来たり。

 

 

音楽の授業

大学でヲノサトル氏の「サウンドデザイン論」を受講したのがその後の制作にマジで役立った。これを受講していなければ『Cipher』も『Drive to Pluto』もどこから手を付けたらいいか分かりませんでした、本当にありがとうございます。

 

 

2014『Cipher』制作

Cipher』ではジャズピアニストが語り手ということになっていた。これは私が意図した設定ではなく、2012年に「ビリー・ジョエルの『Piano Man』の詞から短編小説を書こう」というTwitter上での提案に乗っかって書いたテキストが『Cipher』のプロトタイプになったことに由来する。でもビリー・ジョエルのピアノマンはジャズではなくないですか? こうなっちゃったもんは制御できん。

ログ:https://twilog.org/mtn_river/date-120131

「ほっほっほ、当時のTwitterにはリプライでの連投機能は無かったのじゃ」「おじいちゃんまたインターネット昔話してる」

 

とはいってもジャズなんて全然分からんのでとにもかくにもインターネット検索に頼り、ビル・エヴァンスキース・ジャレットを聴いて気を高めた。『Cipher』の語り手Xは(作中ではいっさい語られないが)アカデミックな出自を持つので、ビル・エヴァンス的なやや行儀の良いホワイトジャズを得意とするのではないかと想像。

また『Cipher』の「街」のややビザールな雰囲気作りには Antonio Loureiro のアルバム『Só』にお世話になった。

 

結局、自分の趣味の範囲では新しい音楽が開拓されることはなく(開拓は自然とするものではない)、作品制作にを通じて未知と向き合うことで初めて勉強をする気が起きるのだと制作を通じて気がついた。ロック・ポップスだけではない新たなジャンルの造詣を得たのは本当に良かったと思っているし、今でもピアノソロやピアノトリオは好きだ。

 

 

2015『ミッドナイト・ヘッドライト』制作(Drive to Pluto その2)

アンソロジー『あげぱん』に投稿するために、何がきっかけか忘れたが、『これは物語ではない』の作中バンド Drive to Pluto の結成秘話でも書こうと思い立った。意図としては『これもの』読者のためのイースターエッグだった気がする。私の作中世界は全作が同じ海でつながっているので、『これもの』の過去の時代にも物語はある(『これは物語ではない』けれど)。

同時に前作『Cipher』『入江にて』があんまりにも暗かったのでその反動でアップテンポな作品を書きたかったという意図もあったが、『ミッドナイト・ヘッドライト』はともかくとしてその後の全体的な出力はいつもどおりのダウナーな味付けとなっている(『フラジェル』『オトノヨキカナ』などを参照)

2015/03/31更新のブログによると『ミッドナイト・ヘッドライト』と同時期にアンソロジー『嘘つきコルニクス』(2016)投稿作の『あとがき』を構想している。こちらは『ノード / コード』と前後しているが SIGNALREDS (の小澤)がおおむね初出の作品だった。

 

なんでか分からんが『ミッドナイト・ヘッドライト』からスタートしたシリーズ『Drive to Pluto』は作中の暦が現実世界と同期しており(※今でこそ「作品の世界を現実世界と並列にするための歴史の縦糸として現実の暦が必要」という強い意図があるが、そのような指針をなぜ着想したのかは不明である)、作中の「1997年7月7日」という日付のために「97年のインディーズバンドに影響を与えた音楽」をちゃんと聴かなきゃならぬという作品からの要請を受けて、再び調べものとして音楽を聴き始める。

とは言ってもガイドなしの自力での調べものなんてうまくいくはずないので、やっぱりインターネット検索でディスクガイドをやっている個人の記事を調べて、そこから音源を辿っていった。当時参考にしたNAVERまとめもgeocitiesによる個人サイトも、あのころから10年も経っていないのにサービス終了によっていま思い出を辿りながら情報をさかのぼることは出来なくなった。(NAVERについては控えめに見積もっても功罪のうち罪の方がウェイトが重いので無くなって良かったかもね)

追記:当時参考にしていたディスクガイドのWebサイトのアーカイブを見つけました。

https://music.geocities.jp/toolaenima1136/post.html (Wayback Machine)

 

あとは古本屋で少し古いディスクガイドや、『Indies Magazine』『Rockin’On Japan』のバックナンバーを購入して、掲載されている楽曲から探していった。

思い出しながら書くと、「聴いとかなきゃな」という義務感もややありつつ、それでもこの時期に聴いていた作品は質が良い。やっぱプログレは気持ち良いな〜。

90sの楽曲:サニーディ・サービス, advantage Lucy, Dinosaur Jr. , NUMBER GIRL, etc…

シューゲイザー:Alison’s Halo, COALTAR OF THE DEEPERS, my bloody valentine, Paint In Watercolour, Pale Saints, etc…

プログレ・なんかへんなやつ(雑):Camel, Don Caballero, Godspeed You! Black Emperor, Hella, ISIS, The Mars Volta, Muse, Rush, Perican, Roxy Music, Tortoise, etc…

プログレ四天王(諸説あり):Genesis, King Crimson, Pink Floyed, Yes

マスロック(Fecking Bahamasのコンピレーション『I. Japan』から):te_ri, 宇宙コンビニ, etc…

TSUTAYAやYouTubeを適当に徘徊して発見:The Mercury Program, No Age, etc…

教養として聴いておくか……:Aphex Twin, Chicago Underground Duo, Donald Fagen, Pat Metheny, This Town Needs Guns, etc…

訃報により知る:SOFT BALLET

また『Drive to Pluto』を読んだ友人から彼らのマスロックのイメージとして American Football を挙げられて逆輸入される。

 

 

それからサブスクリプションで

とある人が「サブスクリプションサービスの浸透は音楽のインスタントな消費よりも、むしろ(自分たち)音楽オタクが過去の名作を探すのにちょうど良いオタク向けサービス」と分析していた。

apple music のプレイリスト機能で「90年代インディーロック」やら「夜に聴きたいクラシックロックまとめ」みたいなコンセプトアルバムで曲をザッピングできるようになり、触手を広げることが楽になった。ただ、サービスのアルゴリズムによる「おすすめ」機能に捕らわれたくないので、なるべく乱読ならぬ乱聴を心がけながら、極力アルバム単位で聴くようにしているし、アプリケーションのサービスによるサジェストではなく他者による「おすすめ」を聴くよう努めている。

というわけでTwitterのTLに紹介された apple music のリンクはだいたいライブラリへ追加している。最近良かったのはKenso, about tess, +/-{Plus/Minus}, sgt., MUSIC FROM THE MARS, Dustin Tebbutt, Mew 。教えてくれてありがとうございます。

 

 

結局「新譜」を聴いてないじゃん

現在の流行歌にまったく触手が伸びない。感性が古びていくのではないかという不安は無くはないが、それ以上に「みんなが聴いているものをわたしも聴いて流行歌の再生数・ランキングに私の意思が単なる数字として動員される感じ」がキツすぎて堪え難いのと、流行歌自体よりもその流行歌のルーツにあたる過去作のつながりへ分け入っていくことが楽しいのと、良い作品は古典となって何年経っても魅力は色あせず学ぶべきところに溢れているだろうから、結局今でもちょい古めの作品を聴いてしまう。それにまだ『Drive to Pluto』(ゼロ年代音楽シーン)のための調べものはたくさんある。

 

 

演奏する人は美しい

でも、現在も精力的に活動しているミュージシャンには本当に元気と勇気を貰っている。ここ数年 Coalter Of The Deepers が元気でライブをやってくれてるし、リマスター版の新譜も出してくれたし。 People In The Box はライブに行くたびに感動するし(演者でもないのにいまだにライブハウスに行くたびに私がお腹痛くなる)、GRAPEVINEも新譜がすごかった(「変な歌い方を止めてからが良いですよね」というファンの意見に笑いながら頷いた)。

先日文学フリマ京都(2022/1/16)出店で京都に行ったおりに、1/17に京都市内のカフェ・さらさ西陣でザッハトルテのライブを(ほぼドセンで)観た。アコーディオン、ギター、チェロのアンサンブルで、楽器を弾く主体が3人きりでPA等のエンジニアリングは無し。ごまかしのきかない本当のスリーピースの緊張感と高揚はすごかった。

演奏者の身体の拡張としての楽器 / 楽器に要請されて作り替えられる演奏者の身体 の関係は面白いし、演奏とくに合奏は本当に見飽きなくて美しい。次のライブの予定は3月に入れているので今から楽しみでならない。

 

 

というわけでスカスカで語れるほどのもののない音楽履歴を思い出話で嵩増しした本テキストはここらで〆めたいと思います。ご静聴ありがとうございました。

Author : 山川 夜高

山川 夜高

libsy 管理人。DTP・webデザインを中心とした文化的何でも屋。
このサイトでは自作品(小説・美術作品)の発表と成果物の紹介をしています。blogではDTP等のTIPSを中心に自由研究を掲載しています。
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