求められる「登場人物紹介」を決める要因
web小説といってもその内容は千差万別であり、一絡げに説明をすることはできない。
そこで必要とされる「登場人物紹介」は、作品自体のジャンルや傾向の違いだけでなく、小説がwebのなかのどのような媒体に・どのような読者を対象に書かれたか、あるいは作者自身の作品への態度によっても、異なる形をとることが予想される。
ここで、作品に求められる「登場人物紹介」がどういった要因で決まるのか、仮説をいくつか挙げた。
a-1. 登場人物の扱い
- キャラクター重視の作品:キャラクター、ヒーロー、ヒロインが活き活きとしている様を楽しむ作品
- キャラクターに重きを置かない作品:登場人物は匿名的または情報が意図的に伏せられていて、登場人物の個性ではなく、物語の構成・記述の魅力・作者の論考などを楽しむ作品
キャラクターが魅力的な作品は、読後に 設定資料集 を読み、本編では語られなかった一面についても知りたくなるだろう。
キャラクターに重きを置いていない作品であれば、簡易な人物リスト で十分であり、いっそなくても問題ない。
a-2. メディアミックスの可能性 (「a-1. 登場人物の扱い」との関連もあり)
- この作品はこの小説1作で完成している
- この作品は他の作品・他の媒体・他の設定と連動している
- コラボレーション・パラレルワールド・スターシステムなど、小説内の設定が作品をまたぐことがある
- 作者・制作スタッフ側が積極的にキャラクターの外見を公開したり、絵・漫画・アニメなどメディアをまたいで活動している
- あるオリジナルキャラクターが先立っていて、そのキャラクターありきの小説である
小説が他の媒体とリンクしている場合、小説とは独立した一つのコンテンツとして、あるいはコンテンツ間をつなぐマップとして登場人物紹介が機能するだろう。
b. 読者層の違い
- web小説をどの媒体で読んでいるか
- 個人の運営するwebサイトで掲載している作品
- 「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」などの小説投稿サービスに投稿している作品
- twitterなど、小説投稿には特化していないサービスに投稿している作品
- web小説に限らず、読者が今まで読んできた小説の傾向 (以下は一例)
- 海外文学や一部のレーベルに見られる「冒頭に人物リストがある形式」に慣れ親しんでいる
- 人物リストが必要なほどややこしい作品を読むのはためらう
メディアによって抱えている読者層は異なる。
例えば積極的にweb小説を探している読者が集まる小説投稿サイトで求められる「登場人物紹介」のフォーマットは、普段web小説を読み漁らず個人サイトやtwitterの小説を読む読者層にとっては不要、という事例があるかもしれない。
「冒頭に人物リストがある形式の小説本に慣れ親しんでいる(なので、同様の形式のweb小説に違和感を抱かない)」と語る人も見られた一方、「(たとえ人物リストであっても) 登場人物紹介を読まなければ理解できないほど難解な作品は読まない」「人名の確認のためにわざわざリストを見に戻るのは興がそがれる」という意見もあった。今に至るまでの読者の読書歴や作品鑑賞歴によって、求める「登場人物紹介」の姿は変わる。
c. 作家の態度
- 仕事として小説を書いている、書いていた小説が収入になった
- 小説を仕事にするために書いている
- 小説は趣味で書いている
作者が趣味で書いている作品なら、作品の出来が未熟なこともありうるので、作者が 設定資料集 で補完しようとしても誰にも責められることはない。
しかし、「小説」単体を読みに来ている読者が見れば、設定資料集に頼る作者の態度を軟派であると非難するだろう。
一方で「小説」の出来よりも、趣味の世界観を目当てにしている訪問者も一定数存在する。作品としての出来栄えよりも、キャラクターや舞台設定の魅力を見ているのである。そういった趣味の読者には、設定資料集はあって当たり前の存在だろう。
作者の意向も読者が求めるものもさまざまであるため、「登場人物紹介」の機能は一つにくくれない。
コメントの総評
「登場人物紹介」と指されるなかには「人物リスト」「設定資料集」という異なる2つの目的が混在している。
コメントを見ると、ある意見では「登場人物紹介(= 人物リスト)は難解な作品の読解に便利だから必要」と推奨し、また別の意見では「小説本編で語らず、登場人物紹介(= 設定資料集)で種明かしをするのは邪道である」と批判していた。
当該ツイートで登場人物紹介が不要と投票したユーザーも、「登場人物紹介」という言葉に「設定資料集」を想像して不要と投票としたのかもしれず、「人物リスト」としてなら有用と捉えているかもしれない。
繰り返すが「人物リスト」と「設定資料集」はそれを必要とする作風も動機も異なる。さらに遡れば、作者または読者が希望する傾向は、当人らが今まで触れてきた作品に由来している。ある人が「登場人物紹介」を必要とする動機は、他人には想像つかない理由かもしれない。
蛇足1:「オリキャラ」「うちのこ」文化圏
webで見られる創作物のなかには、「登場人物と舞台設定」しかなく、物語の本筋を漫画や小説などの作品にまとめていないものも多く見られる。物語ではなく、キャラクターの造形・性格などの「設定」を楽しむのである。必然的に、作者が開示する情報は 設定資料集 しか存在しない。
そういった、物語をともなわないキャラクター達のことを、ここでは「オリキャラ(オリジナルキャラクター)」または「うちのこ」と呼ぶ。(webサイト上で見かける表現を引用した。「うちのこ」の派生として、他の作家のオリキャラを「よそのこ」と呼ぶこともある。)
なかには「オリキャラ紹介」に特化したwebサービスもある。
蛇足2:著作権法でオリキャラは守られるか
【※ 筆者は著作権法の研究者や専門家ではありません。これらの記述に致命的な誤りがございましたら、ご連絡をいただけると幸いです。】
【※ 実際に何が「著作権の侵害」にあたるかは判断が極めて難しく、個別に裁判を行ってみなければ分かりません。】
著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法第2条第1項第1号)と定義されている。イラストや小説は具体的に創作されているため著作物として認められるが、抽象的なもの、例えばアイディア・作風・画風・設定(作品のタイトル、あらすじ、テーマ、登場人物の名前や性格) などは著作物として保護されない。
しかし、設定資料集 としてそれらの情報を整列してレイアウトすることは、具体的な図版にあたるため著作物にあたる。また、設定資料集のなかのイラストや図解は著作物として認められる。
ただし、蛇足1で紹介したwebサービスによる設定資料集は、設定資料集自体のレイアウト(サイトのデザイン・ソースコード)は、webサービス管理者の著作物になる。
しかし、設定資料集に書かれたキャラクターの性格・内面は「アイディア」に留まるため、著作物ではない。
【※ 以下、確実性はなく、素人による予測に基づいて話を進めています。何らかを強制する目的はなく、「こういう考えもある」という参考になればという動機で書いています。】キャラクターの特徴的な性格・内面を著作物として保護するためには、そのキャラクターを含む物語を何らかの形で用意する必要があるかもしれない。物語は著作物にあたるので、物語に書かれた範囲内でキャラクターの言動はある程度保護されるのではないだろうか。
参考文献:
出口光 編著 (2007)『デザイナー・クリエイターのための著作権マネジメント術』ONBOOKS.
http://www.onbook.jp/bookd.html?bid=0075
結論
以上より、「登場人物紹介」という呼び方は「人物リスト」「設定資料集」という異なる2つの意味合いを含んでいる。
- 事前・読み途中・再読時に「人物リスト」をほしい
- 読了後に「設定資料集」をほしい
この2つの用途は全く異なり、それぞれ独立して要・不要を検討すべきである。
web小説の作者として自作品に「登場人物紹介」をつけるべきかの判断は、作中で登場人物にどのような意図を持たせているかによって異なる。
大人数を必要とするなら「人物リスト」はつけたほうが付けた方がユーザーにとっては快適だが、匿名的・抽象的・名前のない人物を主題とするなら「人物リスト」も不要である。
キャラクターの活き活きとした姿を作品の魅力とするのであれば、「設定資料集」はファンに喜ばれる。
書き手にとって重要なのは「人物リスト」「設定資料集」を混合しないことだ。
「人物リスト」は読書中に名前と役割を参照するためだけのものであり、それ以上の詳細な設定は(その小説に趣味以上の成果を求めるのであれば)物語のなかで語られるべきだろう。
参考:設定を(設定資料集としてではなく)物語のなかで語ることについては、こちらの漫画が参考になる。
中川いさみのマンガ家再入門/中川いさみ 【第42話】 セックスシーンを脱いだパンツから始めてはならない理由とは?
モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ
所感
(アマチュアの)web小説作家というのは、編集者もいないところで、自分で小説を書いて発表しなければならない。
作品本体だけを作っているのではなく、作品をどのように見せる・見やすくするのかという、(広義の)デザインも含めているのだ。
コメントを見ると「名前を覚えるのがどうしても苦手」という投稿が一定数見られた。
なので登場人物が多い作品では、「人物リスト」を用意するとユーザーにとって親切だろう。
また、作品の感想を送るときに「人物リスト」で登場人物名を確認しているという使用法も見られた。
いずれの形でも登場人物紹介が整備されていると、キャラクターから作品に興味を抱く人の参入や、読者からの感想を貰いやすくなる効果を期待できるかもしれない。
アンケートでは34%の投票者が「(登場人物紹介の要・不要について)どちらでもない・あれば読むかもしれない」と投票していた。つまり、常に厳格に必要とされるものではない。
「人物リスト」「設定資料集」いずれの場合も、見たい人が見られる(閲覧を強制しない)ように小説本編からは区別して配置しなければならない。
雑感
なんでこんな当たり前のことに8000字も割いたのか分かりません。
当初のアンケート項目の4択と、コメントから判明した4択の違いが興味深かったです。
私の場合、web小説の「登場人物紹介」は、『「設定資料集」と混合されたような過剰な「人物リスト」の有無を読書前に確認し、キャラクターの設定に一通り目を通し、やばそう(作者の力量がつまらなそう)だったら読まない』という、ひねくれた用途に使っていました。
「人物リスト」と「設定資料集」を混合してしまう時点で作者の態度が察せられるというところです。
ひねくれた用途で「登場人物紹介」を利用する自分の意見が利用者の意見の代表になるはずがないとアンケートを取らせていただきましたが、たくさんの投票・コメントをいただき大変参考になりました。ありがとうございます。
8000字も長々と書いたので、せっかくだからこれがweb小説作家のどなたかの参考になればと願います。
お読み頂きありがとうございました。
「登場人物紹介」制作事例(という名目でCM)
と、いうわけで 当方、「人物リストも設定資料集もない系」のweb小説を書いています。
『これは物語ではない』【あらすじ】
都内某所で起こった幽霊騒動の正体はホームレスの透明人間だった。
成り行きで透明人間と邂逅した青年・帆来くんは、成り行きで喋らない少女・セレスタも拾い、二人を居候として家に迎える。
一方インターネットを通じて、幽霊騒動の行き着く先を探しつづける人々がいた。
数々の行き違い、隠れた因縁、謎の先駆作、存在しない筈の海の気配、それぞれの秘密を抱えながら何でもない生活は続く。……というのはただのイントロであり、これは物語ではない。
という、非常にほのぼのとした不条理文学 です。
このあらすじで興味を持って頂けた方はぜひどうぞ……と、いいたいところですが、
「登場人物紹介」について論じていたところなので、せっかくだから登場人物紹介を書いてみました。安心してください、人物リストですよ。
帆来 汐孝(ほらい きよたか) | …大学院生。マンション404号室の家主 |
セレスタ | …喋らない少女 |
ザムザ | …透明人間 |
八月一日 夏生(ほずみ なつお) | …男子高校生。ハンドルネーム:VIIII |
荻原 (おぎわら) | …女子高校生。八月一日の友人 |
高田 敬司 (たかだ けいじ) | …巡査。ハンドルネーム:K缶 |
高橋 塔子 (たかはし とうこ) | …小劇団の女優。帆来の旧友 |
†闇巫ノ騎士† (†だーくないと†) | …自営業 |
湊 荘一 (みなと そういち) | …元文筆家 |
また、設定資料集と人物リストの中間のような、「キャラクターの見た目・名前・登場作品を一致させるための人物紹介(=“相関図的なやつ”)」も作成しています。
https://twitter.com/i/moments/795271987677437952
(ツイッターハッシュタグ「#山川夜高の人物紹介」)
何卒よろしくお願いいたします。お願いしましたよ。
本当の本当に終わり