セルフ二次創作交流企画『NO EXISTS!』にお客さんとして『solarfault』の文芸部員が遊びに行く話。
「This Earth Is Destroyed!!!!!!」
などと物騒なことを叫びながら部室の薄いドアを蹴破って入ってくる何者かの到来は、薄いドア越しに廊下から伝わる荒々しい足音から予期していたが、そうして現れたのがいつも澄まし顔の月くんだったので、文芸部の部室の中央に鎮座するインクの染みだらけのこたつでぬくまっていた森澤晴記とエクリさんは呆気にとられて沈黙し、とにかくは月の言葉の続きを待った。
「This Earth Is Destroyed!!!!! ですよ」
肩から下の全身をこたつにすっぽり埋めて寝そべる森澤の鼻先に月は手にしたチラシを突きつけた、しかし近すぎてピントが合わない。「ぶっそうだなあ、何の話?」チラシを受け取った森澤は、それが年末カウントダウンの音楽フェスのフライヤーで、月の興奮する理由が出演者にあるとようやく知った。イベント名「NO EXISTS!」、主催・Finedge Records、会場・渋谷アルブレヒト。なんだか、「あのころのJロック」の懐かしさを覚える名前だ。
「というかファイネッジレコーズってまだあったんだな?」
おれが環を聴き始めたときにはもうファイネッジから独立してたと思うけど。フライヤーに掲載された、知った名前と懐かしさを感じる名前、そして半数以上を占める全然知らないアーティストの名前を数える。察しの悪い悠長な先輩に月はふたたび声を張り上げた。「This Earth Is Destroyed!!」依然として澄まし顔で、同じことを説明もなく三度叫ぶ人間はやや異様である。
「それってシューゲイザーの子たちだっけ」
森澤の隣で姿勢良く正座で暖を取っていたエクリさんが、寝転がる森澤からフライヤーを取り上げて、助け舟のつもりで声をかける。「月くん、まえに教えてくれたよね」
「それです」と月は天を仰ぐ。月はふだんこそ澄ましているが、夏休みにセミの鳴き声をサンプリングして『○nly shall○w』を歌わせた経験をもつディストーションマニアの狂人だった。「This Earthの……明日未ちゃんの生声に……エフェクターも見えるかも……すばらしい…………それにThis Earthの次はこの前S○undCl○udで新作シューゲイザーをdigってたときに見つけたLaruscanusで……東京に来るなんて思ってませんでした……新たなシューゲイザーは生まれ続けるんですね……わたしが91年の音源ばかり聴いてると思わないでください…………」
「ほとんど露出のないミュージシャンだから生で聴けるのは珍しいみたい」エクリさんが森澤に耳打ちした。「月くんが楽しそうだし、わたしも行ってみようかな。COUP DE FOUDREは最近すこし聴くし、いい機会かも」
「おれも環は見たいし、えっ、G.U.L.も来日するのか。1日目トリがSIGNALREDSで……」
という森澤の言葉の半ばから、またも廊下に騒がしい足音が響きわたり、部室のドアが蹴破られた。今度は騒音の元凶に誰もが察しがついていた。
「SIGNALREDS!!!!!!!!!!!!」
12月の防寒着としては寒い薄手のストールを首に巻いて、月と同じフライヤーを手にした、後輩の日本である。彼女は自他共に認めるSIGNALREDSの小澤拓人の狂信者で、読書や創作への興味はからっきりだったが「小澤の好きな海外文芸を私も読みたい」という動機で文芸部に入部した経緯をもつ。
「SIGNALREDSが!!! トリ!!!!!! アルブレヒトのキャパなら小澤拓人バー前ドセンチャンスも到来!!!!!! 小澤さんのピックがほしい!!!!!!!!!」
「アルブレヒトってそんなに小さかったか?」と森澤。
「キャパ500ですね」と月。
「わたしたちも行こうかなって話をしてたんだけど、日本さんはもうチケット買ったの?」とエクリさんが尋ねた。
「モチのロンで二日買いました」
「ん、二日目ってDrive to……」と言いかける森澤の声は、「Drive to Pluto!!!!!!!!」と月と日本が同時に声を張り上げたので聞こえなかった。それぞれの最愛のバンドの公演が決まったことでふたりとも気がおかしくなっている。月くんの方は名前を叫んだ一瞬で熱が冷めたのか、「まあDriveは1stのシューゲイズしてる頃が一番初々しくてカワイイんですが、そのあとはもうだんだんこなれていってテクに走りすぎなので、わたし的なシューゲイズとしてはちょっとですね」という評価。森澤としては後期のマスロックサウンドの方が好みだった。対して日本は別のことを考えていた。
「二日目にDrive to Plutoが来るじゃないですか」
あ、また何かはじまったな、と勘付きつつも、一同はとりあえず頷いて日本に続きを促した。
「今回SIGNALREDSが出演してるのは、完全にDrive to Plutoの仲良し枠だからですよ。でなきゃこんな商売っ気のないダウナーなメンツのカウントダウンイベントに出演なんかしませんって」
うん? と失礼な評価に引っかかりながらも話を聞く。
「SIGNALとDtPの日付が分かれてるってことは、二日目のDtPを聴きに二日目も絶対にSIGNALREDSが会場に居るってことですよ。だって、オザワタクト、アオノサトシ、トテモナカヨシ、絶対聴キニ来ル」
なぜかカタコトで語る日本はふと一呼吸を置いてから欲望を口についた。
「私も小澤さんと同じ空気を吸って吐きたい!!!!!!!!」
「うわあ」と森澤はうめいた。エクリさんは何も語らず微笑んでいる。
「というわけでわたしは二日とも行きますよ、あっ、もし先輩方も行かれるなら一日目の整番で私よりも若い人がいたら素直に言ってください、殺してでもうばいとるんで」
「後半になったら整番も関係なくなりますよ」と冷静さを取り戻した月くんが突っ込んだ。日本が小澤狂信者発言に夢中になっている間に、月はこたつに入って足を伸ばしていた。
「こういうフェスには行ったことないんだけど、どうしたらいいのかな」とエクリさん。
「この顔ぶれならモッシュでヤバくなるような荒れ狂った感じにはなんないよ。おれも二日目のMoleはY○uTubeでたまたま見つけてから気になってるな。カウントダウンにはBear’sも来るみたいだし、こうやって見てると知らないバンドもみんな見たくなってくる」
知る・知らないに関わらず、さまざまなロゴマークが一堂に並ぶ様は、想像力を刺激されて心地よかった。
それにカウントダウンイベントだ、これが部のみんなとの、そして彼女との良い思い出になればいい、と、隣に座る人を想う。
そうは思ったんだけど、冬の楽しみがひとつ生まれてよかったんだけど。
彼の頭の片隅には、チラシを見た瞬間からどうにももやがかかっていて、月くんの話を聞く間はもやの向こう側にぽつんと居座るとある疑問をかろうじて忘れないようにと意識を向けていたのだが、日本の小澤ガチ勢マシンガントークのせいで、もやの向こう側にあったものは意識の遠くへふっとばされてしまったようだ。
――Drive to Plutoって活動してたっけ?
おいおい、アレがまだ頭の中に残ってんのかよ。やや青みを帯びてきた頭の中の曖昧な記憶を振り払うために、よし、と力んで森澤はこたつから這い出た。
「行くぜ、ノーエク!」
登場人物紹介
都内某大学の文芸部の話。部活の正式名は「純文学・芸術研究創作同好会」。ボンクラどもの集まり。
森澤晴記(もりさわ はるき)
(最年少の日本基準で)4年生。シリーズの主な語り手。小説を書く。前科者
ノリの良いマスロックや疾走感ある曲を好む。環-Tamaki-・Mole Against the Sun・ニュートランクラインが気になる。G.U.L.・Bear’s・SIGNALREDSも聴く。Drive to Plutoは名前だけ知っている。
登場作品:『solarfault』『水底の街について』『fragments』
名前だけ登場:『あとがき』
エクリさん
4年生。森澤の恋人と噂される謎多き人物。
ストレートなロック・ポップスよりは、現代クラシックやポストロックなどの実験的なサウンドを好む。たぶん真如とGreat Painterを気に入る。
登場作品:『solarfault』『fragments』
月くん
3年生。エクリさんと同専攻で森澤とも親しい。性別の設定がない。
ものすごいシューゲイザーオタクで、エレクトロニカ・ポストロックも好む。1日目のGhost with Human 8910→This Earth Is Destroyed→Laruscanusの流れが最高。
登場作品:『水底の街について』『あとがき』
日本(ヒノモト)
1年生。SIGNALREDSの大ファンで小澤の世界観に心酔しており、2年(20歳)からは小澤と同じタバコを吸うようになる。同時代のバンドとしてついでにDrive to Plutoも聴き、これは小澤さんが好きになりそうな変態バンドだと納得した。究極的にはSIGNALREDSさえ聴ければ良い。
登場作品:『あとがき』
学年
『あとがき』時点では1学年進級し、森澤は大学卒業(就職)、エクリは海外留学、神原は大学院進学、揚場・秦野は不詳(恐らくは卒業)。
以下は時空の歪んだ『NO EXISTS!』時点での学年。
[4年]森澤=神原=エクリ=揚場=秦野
[3年]月=護堂
[2年]津久根
[1年]日本
登場作品:シリーズ「solarfault」
サークル「スイマーズ」の文芸誌『スイマー』で連載、完結済み作品。そのうち再録本を作りたいなあとは思っています。