セルフ二次創作交流企画『NO EXISTS!』にお客さんとして八月一日夏生が行くかもしれない話。
朝。
インターネット某所で入手したこの不可解な画像を見せるため、僕は教室の荻原の席で荻原の登校を待っていた。しょうじきクラスメイトに出待ちするのはどうかと想うが、本件を語れる相手は高校には荻原しかいないのでやむを得ない。僕も荻原も登校時間は早いので、さほど相手を待つことをはなかった。で、今は机にかばんをおろしたばかりの荻原に対して「まずはこちらをご覧いただこう」をご覧いただいているところ。
荻原は別に音楽に詳しいわけではない。僕が貸した Drive to Pluto のCDアルバムを気に入ってくれたぐらいだ。でもDrive to Plutoにまつわる話を茶化さずに聞いてくれるのは荻原ぐらいである。
画像を何度か見返して荻原が下した結論は、「あたしが思うに、これは手の混んだイタズラ説」だった。
「たとえばさ、ものすっごくヒマなデザイナーが、いないバンドのロゴをでっちあげて、いかにもありそうな設定を練って、ありえない組み合わせのニセのライブのポスターを作って遊んだとか」
「そんなヒマな奴この世にいる?」
「世の中広いからそんな変ちくりんもこの世に絶対いないとは否定できないよ」
そう言って荻原が端末を返してくれたので、僕は受け取った手でブラウザを開き、「続いてはこちらをご覧いただきたい」と、フライヤーのイベントの会場になっているライブハウス「渋谷アルブレヒト」公式ホームページの「スケジュール」のページを開いた。そこには「No Exists!」の名前はしっかりと掲載されている。そして「チケット購入はこちら」のボタンを押すと、大手チケット予約サービスを使ったチケット購入ページがちゃんと立ち上がり「一般発売受付中」と書かれたチケットの価格はフライヤーの情報と間違いない。
「○ープラスのハッキングはムリだよな」
「イタズラじゃない、ってことだね」
僕はふたたび声をやや低くして、
「えっ、ホズミん行くの?!」
「……ほーん?」
急な誘いで驚かれることは分かっていた。僕はとても正直に、荻原に伝えられる今の僕の気持ちを、声を振り絞って伝えた。
決して気まずくはないけれど、もう自分でもいたたまれない空気が僕と荻原の間に流れる。
そして僕たちには更に重大な問題があった。
「高校生が渋谷の夜中のイベントに一人で行くのはマズいんだよ」
「あー、日付回るからね、カウントダウンでしょ」
僕は頷いて話を続ける。
これにはさすがにドン引きする荻原。「なりふり構ってられないと思うけどさ、ホズミん、どんな人呼ぶつもりなの」
「ほかに頼れる相手がいないんだよ……! 年上のイトコとかいないし親は連れて行きたくないし! 逆に1ミリでも来てくれる可能性がある年上の知り合いがいるのが奇跡なわけ!」
こんな話をしている間に教室にはクラスメイトが集まってきて、たぶんホズミんがまた荻原と一緒にいると、面と向かって茶化されることは無いにしても、どうやらみんなが勝手に同じようなことを思っているらしい。荻原はただの荻原で、荻原にとっても僕はただの八月一日で、僕は荻原に対して居心地の良い友達でいたいだけだ。
そういえば Drive to Pluto の曲にはラブソングみたいなラブソングが1曲もないところが好きだ。歌のメロディとしてことばが聴こえてくることはないけれど、詞として読むと、誰かを慈しむようなことばをとっても、ラブソングよりも懐深いのではないかと感じている。ラブソングのなかには、ある二人のひとしか中に入ることはできないけれど、 Drive to Pluto の詞で描いた世界はもっと広くて、ひとりふたりの人間が入っただけではこの広さを埋められなくて、荒涼としていてさみしい、とも感じる。
「まあ、その人の都合を聞いてみないと分からないから、行くかどうか今日決めなくていいよ。そもそも行けるか決まったらまた教える。オレは1日目の SIGNALREDS も生で聴きたいから、2日とも行こうと思ってる」
「あたし全然、出てる人の名前知らないなあ」
「オレも半分ちかく分かんない。この This Earth Is Destroyed と 環-Tamaki- は Drive to Pluto が所属してた Finedge Records っていうレーベルにいた人たちで、1日目のトリの SIGNALREDS はDrive to Plutoがよく対バンしてた同世代のバンドで、オレが気になってるのは洋楽なんだけど G.U.L. とか……」
そもそも、やはり不可解なことに、検索で詳細情報がHITしない名前もあった。Laruscanus・Mole Against the Sun・Great Painter は動画サイトでライブ映像を見つけることが出来たが、真如 はもともとの仏教用語の方がHITするし、Ghost with Human 8910 という名前は本人らが発信する情報も音源を売っている情報もそれを見たという人の情報も一切出てこない。
「このなかで一番有名どころなのは Bear’s で、割と最近に出てきて今どんどん上がっていってるのが aqua ball で、ベテランって言って良さそうなのが環とか COUP DE FOUDRE とかだね。1日目のほうがややベテランというか渋めの出演者かも……」
頬杖をついていた荻原は、「いや、わからん」 と僕の話を遮った。「ホズミん……どんどんソッチのオタクに…………」
「そんなことないって、オレより詳しいやつなんかもっといっぱい……!」と僕も荻原の言葉を遮る。
荻原も自分の端末で「No Exists!」を検索して出演者情報を眺めていた。画面に目を落としながら、「と、いうか、あたしはホズミんが、Drive to Plutoのことなのに、なんか冷静なのが不思議」と言う。
「それさあ」僕は肩を落とした。「どうしたらいいのか分かんないんだよな。なんか、一周回って、ギャーギャー騒いでるような場合じゃないって」
そんな話をしているうちに朝のチャイムが鳴ったので僕は自分の席に戻った。例の助っ人候補には昨夜連絡を送ったので、今日明日中には返事が来るだろうけど、どんな返事であったとしても僕の腹はすこし痛い。
メッセージ 宛先:汚職K缶
K缶:「見たよ どういうこと?アルブレヒトのサイトも見たけど」
ホズミ:「Driveはオリジナルメンバーじゃなくて、カバーみたいな感じでやるのかな〜っておもったんですよね」「僕できれば行きたいんですが」「未成年やばいかなって」
K缶:「そういうのは僕に申告されると見過ごせなくなっちゃうんだって」(手錠マーク)
ホズミ:(´↑ω↑`)
K缶:「休み取れるか分からないよ。知っての通りカレンダー通りの仕事じゃないからね」
ホズミ:「分かってます」「できればシグナルも見たいから僕は両日行きたい」「でも本命はDrive to Pluto」「環とaquaballも見たくて」「2日にうまく分かれてる」
K缶:「ほずみくん 趣味が1世代前では」
ホズミ:(虚無の表情のスタンプを送信)
K缶:「休みとれるか分かんないけど、とりあえず12/31はなるべく取れるように申請してみるよ。」
ホズミ:「ありがとうございます!」
No Exists! 出演者で、楽曲かライブ映像が見つかった人のを聴いてみた。
This Earth Is Destroyed は、中古で買ったファイネッジレコーズのコンピレーションアルバムに入っている『昨日の唄』という曲しか知らない。かなり救いのない、破滅を望むような詞で、引き伸ばされたギターの轟音は大雨の雨音みたいだった。
対して Laruscanus は This Earth と音作りは似ているけれど、地面は通り雨に濡れているけど雲間から日が差し始めたような希望があるような歌だった。ラブソングとしての「くささ」をあまり感じないのはノイジーなギターのおかげかもしれない。
環-Tamaki- はノリが良くてギターの音が気持ちよくて、でもリズムの取り方がよく聴くと面白くて、最近よく聴いている。
COUP DE FOUDRE も安定感のある爽やかな感じで良かった。環 と COUP DE FOUDRE は晴れた朝に聴きたいサウンドだけど、こうやって並んで夜に聴けるのも悪くないというか、絶対おもしろいと思う。よく聴くとジャズっぽくもあるのかな……ジャズのことは全然分からないけど。
1日目の知らないバンドで一番楽しみなのは G.U.L. 、やっぱり僕はこういう感じのが好きだなあって思う。曲もだけど、公式のMVも意味が分からない感じでいいなあって思った。彼らに限らないけれど、歌モノのバンドの楽曲を聴くと、歌が上手いという当たり前なことに驚く。最近は洋楽を聴くのも楽しくなってきたので、もしも来日公演が実現するならかなり嬉しい。
SIGNALREDS はリリースされているCDアルバムは全部聴いているはずだ。『ロト49』が入っているアルバムは何度も聴いた。やっぱり歌が上手いんだけど、不思議な乾いた感じの声音で格好良いと思う。これもMVは「鴨川河川敷をボーカルの人が歌いながら歩いて見かけたカップルの数を数えるモノクロ映像」という意味不明のシチュエーションだけど。
Ghost with Human 8910 と、2日目に出演する 真如 はフルの楽曲が見つからなかった。真如は東北のライブハウスのブログの過去記事でライブ中の写真の投稿と、本人のSNSで演奏中の一部を切り抜いた映像が見つかった。Ghost with Human 8910 の方は本当に一切の情報が出てこない。だが僕と同じように「Ghost with Human 8910を検索しても情報が出てこない」と言う人の情報は見つかったので、なんだか火のないところに煙を見ている気分だ。
2日目の ニュートランクライン はポップでにぎやかな光の弾けるようなサウンドで、名前の通りの疾走感があって、もし生で聴けるならかなり楽しみだ。男声ヴォーカルと女性ヴォーカルがどちらも格好良い。オレだってこういう曲も聴くんだよって荻原に言ってやりたい。華やかで、イベントのスタートに聴けたらすごく盛り上がるだろうなって思う。
真如 の楽曲はフルで聴けていないけど、フォークな実験音楽? と言えばいいのだろうか。情報が少ないので楽しみだ。
次の Mole Against the Sun は音も爽やかで、アー写の世界観も格好良い。いつもブラックスーツでステージに立っているそうなので、それも含めて格好良いなと思う。曲も聴きやすくて登下校時やバイトの出勤前に聴きたい。
で、全然知らなかったんだけど、東北を拠点にしている GreatPainter というバンドはヴァイオリンを編成に入れたロックで、ライブ映像の様子がすごくて何度も見た。おしゃれで伸びやかで大人っぽいし、これは荻原も好きになりそうな予感がする。荻原の好みの「オジサマ」には重ならないけど、世界観は気に入ってくれるんじゃないかな。
aqua ball はちょうど最近になって聴き始めたところだった。動画配信でのスタジオライブのアーカイブ映像をいくつか見たけど、毎回アレンジが違っていて多彩ですごい。ライブ映像をはじめて見たときにメンバーに女性がいることに驚いた思い出がある。曲は『驟雨、君を探す』が好きなので、生で聴けたら嬉しい。
Drive to Pluto ……割愛する。
ラストに Bear’s を持ってくるのは上手いというか、ここしかハマりどころが無かっただろうと思う。名前だけは前から知っていたけどちゃんと聴いたことがなかったのでこの機会に聴いてみたら、やっぱり売れるだけの音の心地よさがあるなとひしひしと感じた。けっこうベースとドラムの動きが激しくて、ベースブーストをかけたイコライザで聴くとやっぱりロックの音だなと分かった。あと歌がうまい。聴いていて上向きになるものを作れる人たちは凄いと思う。
K缶:「どうも。なんか奇跡的に、30・31両方休みが取れたよ」
ホズミ:(虚無の表情のスタンプを送信)
ホズミ:「すごい」「よかったですね」
K缶:「2daysのチケットを2枚買っとけばいい?」
ホズミ:「あ」「待って」「高校の友達一人呼びたいからその人の都合きいてからこっちで買います」
K缶:「いや買っておくっていうのはね、大人がチケット代を出してあげるよってことだよ。」
ホズミ:(虚無の表情のスタンプを送信)
ホズミ:「ちょっと、金額が金額だし、さすがに悪いですよ!!」
K缶:「まあ今もう一人来るって聞いて俺も金額に日和ってるけどw」
ホズミ(未送信メッセージ):「あと正直あんまり貸しをつくりたくないんで・・・」
Drive to Pluto……歌わないスリーピースロックバンド。でもスリーピースとは思えないほど音は厚いというか、どこまでも続く深さを感じる人達。もしあの音楽が、ほんとうにたった3人で奏でられているなら(実際に、本当にそうなんだけど)、僕はそれを見てみたい。オリジナルメンバーでなくても、舞台の上に3人だけが立って、3人で弾けることを証明されたい。
できるのかな。
どんな人達だったんだろう。
そういうわけで我々は、12月の終わり、渋谷アルブレヒトへと足を運んだ――。
登場人物紹介
Web小説『これは物語ではない』に登場。東京都西側のベッドタウンで起こる妙な事態に巻き込まれる高校生とその友達、妙な事態を追いかける大人たち。
八月一日夏生 (ほずみ なつお)
高校生。ホズミん。ハンドルネームはVIIII。インターネットで都市伝説を漁る趣味のせいで、うっかりいわくつきのバンド Drive to Pluto を見つけて心酔してしまう。音楽にハマるきっかけがDtPだったせいでその後の人生は一生プログレを聴くことが決定した。かわいそう。
ファイネッジレコーズ所属ミュージシャンや同世代のバンドのほかは、やはりプログレ・ポストロック系の G.U.L. と GreatPainter が気になる。aqua ball も最近よく聴いている。ライブに行けると決まってから既にうっすらとお腹痛いので、強心剤と胃腸薬を持参し、12月は早寝早起きを心がけます。
荻原 映呼 (おぎわら えいこ)
高校生。ホズミの友達で私服がゴシックファッション(ゴス「ロリ」ではないので間違えられるとキレる)。サバサバしたクールな性格で、ホズミとは互いの趣味を理解し合う仲。
音楽はあまり詳しくないのでファッションや世界観を含めて広く浅く楽しむつもり。というか年末のフェスよりも、憧れていたけど手を出せなかったお洋服屋さんの福袋が気になりすぎる。
高田 敬司 (たかだ けいじ)
引率の大人。ハンドルネームはK缶。ホズミんがネットで知り合った大人は近所の交番の巡査でした。人当たり良い好青年だが、まあまあに汚職警官。
Drive to Pluto はギリギリ世代に重ならないが、それぐらいの年代のJロックが好きなので押さえている。Ghost with Human 8910 はダークウェブを掘っても見つからなかったのでますます気になる存在。
セレスタ
おやすみです。ストリーミング配信があるならきっとおうちで聴いてます。
さてホズミんはDrive to Plutoを見れるのでしょうか。もし見れたとしても鼻血を出したり失神することなく生還できるのでしょうか。
続きは書くかもしれないし書かないかもしれないし絵で済ませるかもしれません。
行くぜ、ノーエク!!!
ホズミんの来世にご期待ください。