live to Pluto
時空を越えてみよう。スポットライトが照らさない闇、時間と空間を飛び越える。この時空では……きみたちの瞳とからだは翼をもっている。
夜。こうこうと光が瞬く夜。首都の光の夜。地上につくった星空のような夜。部屋の明かりを街道が繋ぐ星座のような夜。予感の立ち込める夜。
首都の狭間に立つその雑居ビルがすでに廃墟であることをきみは知っている。
階段を昇ろう。あるいはエレベーター。もしくは手元のGoogleMapの階層を操作して上の階へ行く。ポケットに忍ばせた灰色のチケットを誰もいない受付に差し出し、カビた空気を頬に受ける。薄暗い廊下。薄汚れた壁。煙草のヤニとアルコールの残り香。
『床が抜けるので決して飛ばないでください』という啓示ついでの掲示。
狭い廊下を幾度も曲がる。
『床が抜けるので決して飛ばないでください』
『床が抜けるので決して飛ばないでください』
そんな警告も虚しく辿り着いたフロアは無人。かつての人だかりの巣窟には、無様で鋭利な大穴が口をあけていた。
机上に置き忘れた耳をどうか澄ませて。
すると足元の穴は塞がり、大きな音がして歌が聴こえてくる。
かつてライヴハウスと呼ばれた施設である。
The song about she/see/sea – live to Pluto
Vo 見事に、無人だね!
Ba そうだねえ
Dr まあ、当然っつーか
Vo だってライヴ告知しなかったし! 来るわけないじゃん。知られていないライヴに誰が来るの?(笑)
Ba いやー。見事に誰にも知らせませんでしたからね
Dr いやー、さみしいな、過去最ッ低の動員
Vo さみしい!(笑) 挨拶いらないよね? 誰もいないんだし
Ba それは分からないよ。透明人間満員御礼かもしれない(笑)
Vo 透明のみんなー、ノってるかー!
無音。
Dr 透明ー、しけてるぞー!
Vo みんな今夜はノってこー!
無音。
Ba と、今夜はこんな感じでお付き合いください。こんばんは、スリーピースロックバンドDrive to Plutoです。今日は3枚目のアルバムのリリース記念ライヴなんですが……ご覧の通り、無人です!(笑)
Dr (咳払い) まあ、どこにも告知を出さなかったらこうなるという有様で
Ba それでも誰か来てくれるかな、と
Vo 期待して、
Dr どうなんだ、これは?
Vo おおむね良さそうだよ。ね? もーちょっと待って、はじまるからさあ。そ、こーんな3人組でやらせてもらってまーす
Ba やりたい放題だなあ
Dr 好き放題やらせて貰ってるな
Vo ふふーん
Ba 好き放題もいいところだ、いつになったら歌ってくれるのかな、Vocal?
Vo んんんー?
Dr 今日も違う?
Vo しばらくはねえ。ずうっとちがうのかな
金髪のフロントマン。髪の色と同じ塗装のフェンダー・テレキャスターを試奏する。
気分よく、甘くて切ない。
Vo 甘えられるだけ甘えるんだよ、Drums. ……だって、ほんとうのことをしつづけないと、示しがつかないの。なんの示しか、分かんないけど。でも、ほら、やるし、つづけられるよ。Bassの書く歌詞、好きだから
Dr ……だな
Ba ……やらなきゃな
Vo、マイクスタンドの前に立つ。けれども電源はOFF。
おのおの、ゆったりとした姿勢で構える。
Ba ありがとうな
小さく囁く。
それぞれ目を合わせる。互いにほほえみあう。
フロアは無人。スポットは何の変化もなくONのまま。ロックスターが声を大にする。
Vo 音楽の流れない夜はない! 目をつむっても、だいじょうぶ。Drive to Plutoはここにいる。行こうよ、夜のその先にさあ!
照明に代わり映えはしなくても、街と瞳は爛々と輝いている。
するとライヴハウスという密室の壁が薄れる。音楽は街の夜空へ放たれ、闇を塗り込める油膜のダーティーな七色に合流する。
Ba それじゃあまず新曲から。Drive to Plutoです、『she/see/sea』
Drのカウントで、無人のステージの幕はあがる。
打ちつけるリズム、メロディはキャッチーでトリッキー。おのおのの放つ最低限の音が重なる境界が、耳に心地よく胸に残り、跳ねる音が夜の雨にも似て切ない。歌詞、海を見つめる少女の物語は、歌われなかった。OFFのマイクに吹き込まれる、聴こえない歌声。
これはインストバンドではない。
ただ、このバンドのボーカルはどうしても歌わない。