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やさしいということに対する選書

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小説を書いている友人が、自分の引き出しが少ないと困っていたので、友人の作品を読んだ上で参考になりそうな本をまとめていたが、あまり長大なリストをつくると誰だって見る気を失くすだろうし、そもそも私の基準で本を選択することは、友人へ私の価値観を押し付けることになる。これは「私の」選書なので必ず他の人の意見にも当たってほしい。私の価値観は中立的ではない。私の言うことに沿っていけば、私が考えるイデオローグの作品が出来上がるだろう。それはあなたが生まれ持っていた特質を殺すことになる。ご自身の作品はご自身のものなのだから、私の言うことを鵜呑みにしてはいけない。
そして当然だけど、友人や友人に似た特質の人への誹謗中傷の意図はないし、むしろそういう人の作品がもっと面白くなるようにと私は本を選んだ。
必ず本を読む必要はない。崇高な意志でつくられた本があっても、本というメディアが崇高さをもっているわけではない。媒体を問わずただ良いものを鑑賞すればいいと思う。良いTVアニメ、良い映画、良い録音、良い旅行、良いwebサイトを鑑賞すればいい。そのうえでなぜ「本」を選んだかというと、論拠をもとに整理された思考は本のかたちを取りやすいからだ。友人は簡潔で論理的な文章の書き方についても悩んでいたように見えたから、ノンフィクションの文章が一番参考になるのではと思った。

友人はたびたび「やさしい作品である」ことを口にしていた。「穏やかなやさしさ」「さびしくもやさしい作風」であるといったふうに「やさしさ」をキーワードにしていた。

でも、やさしいとはどういうことだろう。「やさしい」とただ形容しても掴みどころがない。ある人が思うやさしさは、他の人にしてみればその親切心を重荷に感じたり、偽善だと思ったり、やさしくしているように見えて残酷だと思うだろう。また、友人は「やさしくもさびしい」「さびしくもやさしい」というような、「やさしさ」と「さびしさ」が同時に現れる状態についてもよく口にしていた。たぶん、「やさしいさびしさ」というのは失敗や挫折を含むやさしさなのではないかと考えられる。万事がうまくいき、出会うひと皆が親切にしてくれて皆が幸せになる物語を目にして、心があたたまることをただの「やさしさ」と呼ぶとする。ならば、主人公が思う幸せを良く思わないでいる存在もいるなかで、彼らの反対意見を容認しながら主人公が自分で納得できる道を探すような作品を「やさしくてさびしい」と呼べそうだ。幸福のなかに失敗は常に影を落としている、でもその影をも容認するというとき、幸福と影の軋轢によって生まれるやるせなさや、やさしさが失敗する不可侵領域があるということを「さびしい」と形容するのではないだろうか。

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登場人物紹介

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全作品の舞台は繋がりがあり、作品Aの人物・地名などが他の作品に登場することがあります。

私が描く登場人物の外見は似顔絵のようなもので、正確な描写ではありません(想像の余地を残しています)。
その他のイラストは tumblr に掲載しています。

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サイト開設にあたって

category : 当サイトの運営 tags : posted :

このサイトは私の公開アトリエになればいいと思っている。

訪ねればそこにいるし、作品は読めるし、ブログには自由研究めいた与太話があり、それらを見ることができる。
とにかく開かれた場所として、いつでもそこにある状態を目指している。
願わくばこのURLで、10年以上続けていきたい。

 

最初にhtmlでwebサイトを作ったのは小学生の時だった。

「ホームページ 作り方」でググり(ググるというスラングもまだ無かった)、今では更新を停止した「7日で作る!タグ打ちホームページ」(正式URLの http://7tag.jp/ は2010年に閉鎖。執筆時現在、オリジナルの http://www22.atpages.jp/~tokk/7Tag/ と、ミラーサイト? の https://7-tag.com/ が残っている)でhtmlを覚えた。中学のときに家の共用PCが壊れ、中学卒業まで3年間をインターネット無しで過ごし(たぶんこの間にインターネットに触れなかったため、重度のオタクにならなかったんだと思う)(携帯電話はあった)、高校入学後2008年に「やまかわよだか」名義で最初のwebサイトを公開した。

最初のサイトはモバイル用のレンタルスペース mono space で作ったモバイルページで、小説とイラストを掲載していた。画像の投稿にまた別のサービスのアルバム機能を使っていたが、現在はサービスを停止してしまったし、名前も忘れてしまった。そのサービスよりも nano のほうが子ページ作成やアルバム作成に便利だったので、じきそちらに移行した。

最初のサイトのトップページは mono space を使った http://lib.4.tool.ms だったが、結局 nano に一本化し、http://nanos.jp/yodakamr/ に移転したのが1回目の引っ越しだった。http://lib.4.tool.ms の方がアドレスの文字列は気に入っていた。

大学入学頃に、モバイルサイトだけでは不便と感じ、 fc2 でPCサイト https://libsy.web.fc2.com を作成し、以降こちらのサイトをメインに運用した。これが2回目の引っ越しになる。画像ギャラリーには tumblr を使い、ブログまたは子ページ用・イラスト投稿用・書籍作品投稿用、計3ページを運用していた。

それとは別にサイト更新履歴や雑談用のブログも運営していた。 モバイルサイトの時は nano の系列の エムブロ 、PCサイトになってからは jugem を利用した。tumblr も日記代わりに使っていた。

 

という風に今までwebサイトを運営していたため、サービスを併用しすぎてサイトの階層がややこしくなり、閲覧者にも管理人にもやさしくないのでURLをひとまとめにしようというのが今回のサイト移転(ついでに改装)の理由のひとつだった。

サイト移転のひとつの理由は感情的・感傷的な要因である。

 

本日まで様々な人とtwitterで出会ってきた。新しい友達は殆どがtwitterで出会った人で、twitterのタイムラインを見れば彼らが元気かどうか分かる。

しかしtwitterに限らないことだが、webサービスは永遠ではない。連絡先を交換した人を除いて、殆どの人とは、twitterが無くなったときの待ち合わせ場所を約束していない。

インターネットでの生活は、個人のサイトやブログに1対1で訪問する時代から、大手サイトの提供するwebサービス上の広場(twitterならタイムライン)に大勢が集まるようなありかたに変わった。広場のほうがより多くの人と出会えるし、思いがけない興味の幅も広がる。ただし、webサービスはある日潰れてしまうかもしれないし、運営者の方針が変わって過ごしにくい場となったら皆離れていくだろう。誰の意向にも左右されない自分の居場所を確保したいと思った。

さらにtwitterについて言えば、タイムラインの短文は簡潔すぎる。まとまった意思を伝えるためにはブログ等を使うので、そういった長文を発信・保存できる個人の場を整備しておくことは必要である。(webサイトを持っていない・持つまでも無いという人は、 ぷらいべったーふせったー を使用している。使用するツールが多くなると、過去の記録が分散してしまう)

そして短文に慣れると、長文が下手になる。長文的な思考、つまり根気の入った思考が下手になるという意味である。twitterに書いているときは標的のないまま散弾銃を散発しているようで、論の核心にも触れずにちょっと書いて満足して終わってしまう。特にtwitterでは140字の文字制限があるため、投稿される言葉がどんどん140字向けになってしまう。短文のアイディアがアイディアのまま、形にならずに消えてしまう感じがあった。

それからタイムラインは記録に残りにくい。私は twilog を使っているが、話題ごとにソートする機能などはない(ハッシュタグつきの投稿は保存される)。あくまでも過去の発言を検索できる程度の機能にとらえている。

このサイトは私がもう一度文章をきちんと書き上げるための場所になるよう用意した。このサイトはhtml5の文法に添って作られているので、信憑性のある文書としてきちんとこの世に残るだろうし、例えば視力の弱い人が音声読み上げソフトでこのサイトを読むこともできるだろうと思う。

 

以前、当サイトのリンクを貼ってくださった方が、「作品も好きだし、ブログ記事が好き」と言ってくださったのがとても嬉しかった。小中学生のときに友達と一緒にテキストサイトばかり見ていて(先行者 とか!)テキストサイトやテキストサイトの流れを汲んだwebサイト(デイリーポータルZオモコロ)はいまでも好きである。

与太話も真面目なことも継続して書いていきたいと思っている。私は作品として小説を書くが、小説とその他の文章の違いに明確な違いがあるとは思えない。真摯に書いたのならブログでも何でも価値あるものだと思う。

このサイトを長く続けたいと思う。今後共どうかよろしくお願いいたします。

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