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サムネイル:同人誌デザインのメイキング Part.1 初稿制作・アイディアスケッチ

風野湊さん(サークル:呼吸書房)作の小説本『すべての樹木は光』新装版ジャケットデザインを担当しました。

本作『すべての樹木は光』新装版ジャケットデザインの制作を例に、「小説のジャケットデザインの作り方」を読み物として公開します。

この連載は「デザイナーはデザイン制作時にどんなことを考えていたか」「デザイナーにデザイン依頼をするときに依頼者はどんなことを考えていたか」を伝える読み物なので、ソフトウェアの使い方などの技術的な部分は省いて書いています。

前回の Part.1 では、目標の決定と、掲載する情報の優先度の整理を行いました。

今回 Part.2 は、初稿として2案を出すところまでを紹介します。

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いまさら用語説明

H1, H4

H1:表1=表紙

H4:表4=裏表紙

H2(表2)、H3(表3)は中表紙のことです。今回は印刷をしないので原稿を用意しません。

「印刷」

「印刷」という言葉は正しくは「ハンコを作り、ハンコで紙にインキを乗せること」を指します。現代ではほとんど「オフセット印刷」という技術を指します。

同人誌で「オンデマンド印刷」と呼ばれているのは、巨大なコピー機でトナーを乗せることを指します。ハンコを作らずにデータを紙に転写しているので正確には「印刷」ではありません。

(「オンデマンド本」はハンコの制作代金がかからないので、少部数ではオフセット本よりも安く制作できます。ある程度の部数を超えると、ハンコを作るオフセット印刷の方がリーズナブルになります)

ハンコを作らないオンデマンド印刷を「印刷」と呼ぶことは厳密には誤りで、オンデマンド「プリント」と呼ぶ方が正しいです。ただ記事の読みやすさを優先して、このシリーズではオンデマンドプリントのことも「印刷」と表記する箇所があります。

今回作った書籍『すべての樹木は光』表紙はオンデマンドプリントです。


前回(Part.1)補足:好みの表紙デザインを尋ねる

発注時に、風野さんから「どのような表紙デザインが好みか」「目標としたいか」を伺い、参考画像として書籍の表紙をいくつか例示してもらっていました。

▼風野さんからのコメント

あまり「これだ!」って奴が見つかりませんでした…orz
お役に立つかわかりませんが、参考としてご共有しますね。

・『木々は歌う』
タイトル文字デザインの質感が好き

※以下は、こうしたいと言うより単に好きな装丁なのでご参考までに…
・ファンタジー文学に共通する飾り枠のようなデザイン

▼文字の質感の案

『木々は歌う 植物・微生物・人の関係性で解く森の生態学』
D.G.ハスケル[著]、屋代通子[訳]、築地書館
http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1581-8.html

▼ファンタジー文学に共通する飾り枠の案

『風と行く者 守り人外伝』
作:上橋菜穂子、絵:佐竹美保、偕成社
https://www.kaiseisha.co.jp/books/9784037502003

『リューンノールの庭』
松本祐子 作、佐竹美保 絵、小峰書店
https://www.komineshoten.co.jp/search/info.php?isbn=9784338174114

『ローワンと魔法の地図』
エミリー・ロッダ 作、さくまゆみこ 訳、佐竹美保 絵、あすなろ書房
http://www.asunaroshobo.co.jp/home/search/info.php?isbn=9784751521113

 

(こうやって見ると佐竹美保さんの絵がお好きなんですね……笑)

ただし今回すでに完成している佐野裕一さんのイラストの画風にはいずれの案も調和しないので、いずれも使用を見送りました。

また残念ながら、ファンタジー文学の装飾様式は私の作風の「向き不向き」で言えば明らかに不向きの方です。今回はファンタジー文学的な装飾をつけずに、「海外純文学の新刊」のようなデザインを目標にしました。

デザイン依頼をするときは、デザイナーの作風の向き不向きについて発注者とデザイナーで確認し合ったほうが良いと思います。オールマイティーなデザイナーは多分いないので、適材適所で最適なデザイナーを見つけていきましょう。


初稿:アイディアスケッチ

字が汚いし水性ペンが滲んでいますが……まずは気軽にバリエーションを多く出すことを目標にレイアウトを考えていきます。

画像:『すべての樹木は光』ジャケット作成時の手書きスケッチ

 

タイトルの切れ目を考える

題字の置き方を考えるときに「言葉の切り方」でバリエーションを作ります。

 

【1-1】
「すべての樹木は光」
1行。するりと読めるが、抑揚(メリハリ)がなく目が滑るとも言える。

【1-2】
すべて樹木
漢字部分「樹木」「光」と「すべて」を強調する。助詞「の」「は」を弱めるのと同じ働き。

【2-1】
「すべての」
「樹木は光」
2行に分けた例。文字数が同じなのでレイアウトしやすい形。「すべての」と言い切る断定の意思が強くなりそう。

【2-2】
「すべての樹木」
「は光」
2行に分けた例。1行目が問いかけ、2行目が結論になっている。「光」を文の最後に持ってくることで、「光」の意味が強まる(意味の強さが「すべての樹木」<「光」になる)。ただし2行目が助詞「は」から始まるので端切れは悪い。

【2-3】
「すべての樹木は」
「光」
2-2を変形して2行目を「光」だけにする。結論部である「光」へのタメが更に強くなるが、1行目と2行目で文字数が違いすぎてレイアウトはしづらいかも。

【3】
「すべての」
「樹木は」
「光」
3行。言葉がだんだんと「光」へ近づいていく(枝葉が光へほどけていく)イメージ。

【4】
「すべての」
「樹木」
「は」
「光」
4行。さらに「光」へ強く向かっていく。

 

作者名の置き場所を考える

作家名「風野湊」とサークル名「呼吸書房」の置き場所を考えます。

例えば【3】で、

すべての
樹木は
 風野湊

と3行にまとめて配置できるかもしれません。

 

文字間隔を考える

文字間隔をぽつぽつと空ける感じは今どき流行っています。柔らかい印象、無害そうな印象を与えます。

 

す べ て の

樹 木 は 光

 

反対に、文字の間隔を詰めると、息苦しさから緊張感を招く感じを表現できます。

 

イラストの配置を考える

スケッチ左下はイラストの明暗をメモしたものです。

イラストは、中央右寄りの人物(ユハ)とその上部の空は白く開けていて、ほかの方向は影や地面になっているため色が暗いです。また樹木は絵のど真ん中ではなく、やや右側に向かって斜めに伸びていること、地面もやや傾いていることを確認しています。

もし解像度が足りていれば、原画の構図ではなく、特定の箇所にフォーカスしてトリミングした構図(例えばユハをアップにした構図)でのイラスト使用も検討します。

今回は絵の解像度が書籍の実寸サイズとほぼ同じで、引き伸ばして表示する余裕がありませんでした。


初稿:イラストレタッチ

イラストのCMYK変換と、やや緑色を強めるレタッチを行います。

この辺は私も「フォトレタッチを専業にしている者」ではないのであんまり詳しくないですし、デザイン初心者向けに分かりやすく書くことも無理です。

レタッチ(画像データを調整する工程)は「イラストなどの画像データを描く」工程とはまた別の技術を要します。イラストレーターだからといってレタッチが出来るとは限らない(レタッチ工程を知らない・出来ない方が多いしそれが当たり前)というのは、イラストレーターに制作を依頼するときに覚えておいた方が良いと思います。

イラストレーターにイラストを依頼するときは、イラストレーター側で印刷用データのCMYK変換ができるか(イラストレーターがCMYK形式のことを分かっているか)発注前に確認をおすすめします。

CMYK形式についての解説は私のブログの過去記事をご覧ください。

印刷物のRGB・CMYKの話

 

同人誌で「画面通りの色」は表現できない

商業印刷は試し刷り(色校正)を重ねて色合わせが出来ますが、同人誌印刷では基本的には校正刷りを行わないため、入稿から完成品を見るまで色調の調整はできない一発制作になります。(印刷所によっては校正刷りのオプションがあります)

またディスプレイに表示される色も、各々の部屋の照明や機材によって見え方が異なります。

色校正オプションを使わない限り発注者・デザイナー・印刷所で正確な色の共有ができません。「もう少しだけ青くしたい」ような微妙な調整は出来ないことは依頼者にも常に伝えています。

 

PP貼りで色の見え方は変わる

印刷加工には、透明フィルムを印刷した紙の表面に貼り付ける「PP加工」というものがあります。

PPを貼り付けると光の屈折で色の見え方が変わります。クリアPPでは元の印刷よりも色が濃く・彩度が高く見えやすくマットPPは色がくすんで見えやすいです。

PP加工をしないと重ねた本同士で表面のインクやトナーが擦れあって色移りする恐れがあるので、基本的にはPP加工を行った方が良いと私は考えています。

今回は初版から引き続いてマットPPを貼るので、画像データは少し濃い目に制作しました(色校正ができないので勘ですが……)

 

オススメのチュートリアル動画

こちらはCMYKの混色を理解している人向けなので、全然初心者向けの動画ではありませんが、少しでも心得のある人にはとても助けになる動画シリーズだと思います。

 

レタッチ後

スクリーンショット:『すべての樹木は光』イラストのレタッチ作業画面

Part.1 の通り緑味が強くなるように、CMYKの各値を調整しました。


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初稿:データ作成

アイディアスケッチを元に、初稿として2案を作成しました。

H1はA採用, H4はB採用 と個別に選べるようにしました。

『すべての樹木は光』初稿A案 『すべての樹木は光』初稿B案

風野さんにお渡しした「デザイン意図の説明」画像がこちらです。

『すべての樹木は光』初稿A案 解説つき 『すべての樹木は光』初稿B案 解説つき

 

題字の配置

題字の配置は【3】3行「すべての/樹木は/光」を採用し、縦書き・横書きでバリエーションを作りました。

というのも他の配置(例えば【2-1】2行で「すべての/樹木は光」を左右に大きく配置する案)は、実際に絵の上に文字を置いてみるとしっくり来なかったため不採用にしました。

イラストの解像度の都合でイラストの配置が動かせないため、この画角でしっくり来る文字の位置は初稿の2案に絞られました。ただ微妙に左右に動かせたのでA案・B案で配置場所を微妙に変えています。(左下のサインの位置の違いで分かると思います)

使用するフォントはまだ考えず、要素の配置のみを考えています。今回は仮置で本文フォントと同じリュウミン-KLを使っています。これはフォントの見た目を理由にデザインを判断してほしくなかったためです。

 

H1デザイン意図の解説

イラストおよびタイトルの「樹木」と「光」のどちらの注目するかで視点を分けて、2案を作成しました。

A:縦書きタイトル・「樹木」が主題、硬派なファンタジー風、人間は眼中にない

メインを「樹木」(テキスト+装画中央に描かれている木)とするverです。人物(ユハ)はメインの「樹木」に対するサブの扱いになります。

人物<樹木 な扱いのため、ファンタジーとしてハードコア(?)な印象を与えます。人間のことを完全に突き放しています。

「マジックリアリズム・純文学よりの海外FT作品が文庫化したときのカバー」なイメージです。商売っ気の薄い渋い仕上がりです。

「すべての」→ユハ→「風野湊」を対角線にすることで視線誘導しています。(縦書きなので目線は右上→左下へ動く)

仮定する読者層:無骨な古いFT文学風、小説を読み慣れている読書家向け

B:横書きタイトル・ユハと「光」が主題、ヤングアダルト文芸風、人間を見捨ててない

メインを人物(ユハ)と光とするverです。ユハとその背後の光が抜けている部分に視線を誘導しています。

樹木<人物 な扱いのため、ファンタジーとして読者フレンドリーです。A案よりは人間に対する希望を抱いています。

「小学校高学年以上から読めるYA文芸のカバー」なイメージです。(学校図書館に置いてほしい)

タイトル→ユハ→「風野湊」を対角線にすることで視線誘導しています。(横書きなので左上→右下への視線誘導)

仮定する読者層:タイトルが横書きなので、ティーンエージャーや小説を読み慣れていない人も手に取りやすいYA文学風

 

H4デザイン意図の解説

前回Part.1で、H4に掲載する情報を次の2グループに分けました。(位置を動かせない左下の3行は除く)

  • 重要な情報(キャッチコピー、あらすじ)
  • 重要でない、雰囲気作りのための情報(ユハの混乱、呪文)

ここで重要な情報であるキャッチコピー・あらすじを隣に配置して、雑誌や新聞の「見出し→本文」の関係のように見せました。すぐに目に入るキャッチコピーの文章から目線があらすじに向けて自然と繋がるようにしています。

重要でない情報は小さな文字&イラストに近い色合いの配色にして、「読ませる文字」ではなくイラストと同じような「装飾」として扱っています。

A:縦書き

キャッチコピー・あらすじが縦書きのバージョンです。

H4のイラストは書籍の帯に見立てて配置しています。画面上部の白い部分が正方形(128x128mm)で、帯部分が高さ60mmの白銀比になっています。

縦横の関係がかっちりして、硬派な、悪く言えばやや古臭い配置になります。

B:横書き

こちらはキャッチコピー・あらすじが横書きのバージョンです。

画面上部の白い部分・画面下部の背景付き部分は、本の高さの半分(高さ94mm)で区切った1:1関係です。

帯部分をまたぐ右側のテキスト「彼女にはわからない。(後略)」~ 呪文「人間としての表皮は樹皮に(後略)」の見た目が、A案よりも現代的でリズミカルな印象を与えます。

 

ブラッシュアップのための質問

これからブラッシュアップをするにあたり、より目標を明確にするためにいくつか質問を出しました。

仮定する読者層はどちらか?

A:無骨な古いFT文学風、小説を読み慣れている読書家向け

B:ティーンエージャーや小説を読み慣れていない人も手に取りやすいYA文学風

 

テーマやキーワードを考える

参考に挙げられていた『木々は歌う』は、太いオールドなゴシック体フォントと広葉樹林の写真も相まって、なんとなく「どんぐり」な印象を受けました。この「どんぐり」感(落葉広葉樹)は本書の熱帯雨林の世界には似合わないので、他のキーワードがほしいです。

雨や鳥や揺れる枝葉の「ざわめき」あるいは人間以外の存在のざわめきに圧倒されて感じる人間ひとりの「孤独」とかでしょうか……(一読者の感想)

そんな感じでやや詩的ですが、ジャケットとして掲げたい言外のキーワードをいただけるとありがたいです。

 

「ファンタジー」さのレベルを決めたい

他に挙げられていた3冊はかなり「海外ファンタジー」Lv.10/max だと思うのですが、 本書については「海外ファンタジー」レベルをどれぐらいまで上げるのかが、フォント選び・ブラッシュアップの基準になります。


初稿戻し

初稿のデータを見ながら通話アプリでミーティングを行いました。雑談を交えつつ、風野さんから作者として作品のどの要素を推したいか等を伺いました。

 

再校へ向けたフィードバック

風野さんから挙がった意見・要望はこちらです。

・H1はB案ベースで、現代的なデザインを希望。

・風野さんの読者層は「マジックリアリズムやラテンアメリカ文学などの幻想文学が好きで、それらを読み慣れている層」と予想。「好みの表紙デザイン」で挙げたようなファンタジー文学のファンは中心読者ではない。

・H4もB案ベースにしたい。ただA案裏表紙のユハの顔が見えないトリミングは気に入っているので、裏表紙ではユハの顔を見せないようにしたい(イラストはすでにH1で全体を見せているので、H4は部分でよい)

→画像の解像度はH1の状態で等倍サイズ。これ以上の拡大トリミングは画像の引き伸ばしが必要になるので、引き伸ばしが目立たないような工夫が必要。

・『木々は歌う』題字のテイストとは変わるが、題字に何らかの風合いをつけたい。墨溜まりで滲んでいる感じ?

 

フォントのライセンス

レイアウトの方向性がB案に決まったので、再校から使用するフォントの吟味をします。

再校の制作に入る前に、使用するフォントを風野さんがお持ちのライセンスでも利用できるフォント(フリーフォント等)に絞るか、私がライセンス契約をしている有償フォントを使っても良いか確認を取りました。

もし依頼者が所持していないフォントがデータに使用されていると、依頼者側でデータを開いたときにデータが変更されてしまいます。依頼者側で納品データを編集する可能性がある場合は、依頼者の環境で使用できるフォントでデザイン制作をします。

今回は風野さん側でIllustratorのデータを編集することはないと確認したので、私がライセンス契約している有償フォントを使うことができます。


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次回:再校制作へ続く

全行程のなかで「アイディアスケッチをたくさん用意して初稿の2案に絞る」ここまでの工程が一番時間がかかります。再校、3校は目標に向けてブラッシュアップを進めればいいだけなので、無からアイディア出しをするよりはだいぶ楽な工程になります。

これで峠は越えたはずなので、次回の再校出しへ続きます。

ここまでお読みいただきありがとうございました。次の記事も宜しくお願い致します。

 

Author : 山川 夜高

山川 夜高

libsy 管理人。DTP・webデザインを中心とした文化的何でも屋。
このサイトでは自作品(小説・美術作品)の発表と成果物の紹介をしています。blogではDTP等のTIPSを中心に自由研究を掲載しています。
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