風野湊さん(サークル:呼吸書房)作の小説本『すべての樹木は光』新装版ジャケットデザインを担当しました。
【スペシャルサンクス】
— 風野 湊🌿next→文フリ岩手 (@feelingskyblue) May 14, 2022
再版に伴い、表紙・裏表紙を山川夜高 @mtn_river さんにデザインして頂きました。めっちゃ綺麗に&かっこよくなったよ…!!!ありがとうございます!🌴
ネットプリントできる再版表紙デザインのカバーも後日配布予定なので、初版をお持ちの方はぜひご利用ください:) pic.twitter.com/Kh7ukJzzLs
※ここでは「閉じた状態の書籍の見た目部分」のことをジャケットと呼びます。
ジャケットは本来、書籍に巻くカバーのことを指します。本作『すべての樹木は光』はカバーが無く、雑誌のように書籍本体しかありません。
本作『すべての樹木は光』新装版ジャケットデザインの制作を例に、「小説のジャケットデザインの作り方」を読み物として公開します。
今回(1)は、依頼者の風野湊さんにデザイン依頼の相談をいただいてから、どんなデザインにしていくのか目標を決めるまでを紹介します。
対象読者
- 自分で書いた文章(小説など)を同人誌にしたいが、どうやってデザインを考えたらいいか分からない人
- 自分で書いた同人誌のジャケットデザインを自分でやってみたい人
- 自分で書いた同人誌のジャケットデザインを誰かに依頼したい人
- 山川夜高にデザイン依頼をしてみたい人
- 風野湊さんの小説『すべての樹木は光』の読者
私(山川)は『すべての樹木は光』を通読したうえでデザイン制作にあたっています。下記のテキストには小説の展開や核心部を暗に示す箇所があります。「絶対にいかなるネタバレも踏みたくない!」という方は先に小説『すべての樹木は光』をお読みください!
『すべての樹木は光』
2022年5月29日 第二版第一刷発行
ジャンル:幻想文学
作:風野湊
Webサイト:呼吸書房 https://kokyushobo.com/
Twitter: https://twitter.com/feelingskyblue
装画:佐野裕一
Twitter: https://twitter.com/sunamerius
小説『すべての樹木は光』の概要
【再版】長らく完売でお待たせしました…!再版に伴い表紙をリデザインしています。夢と樹木の幻想長編、熱帯の生活描写に惹かれる方、物語に慄きたい方へ。
— 風野 湊🌿next→文フリ岩手 (@feelingskyblue) May 14, 2022
”そのようにして、魔法は失われた。”
熱帯雨林の樹木変身譚『すべての樹木は光』四六版/250P/¥800 #文学フリマhttps://t.co/QzR0w4hTIu pic.twitter.com/AhBFZme93Y
地球上の特定の国や地域ではない(が東南アジア地域を連想させる)架空の熱帯雨林を舞台にした小説作品。
主人公のユハは都会ぐらしの親切な女性。冒頭、ユハが何者かによって樹木の姿に変えられるシーンから、ユハが10代のあるときを過ごした熱帯雨林地域の田舎の回想がはじまる。
人を樹木に変える存在や自ら樹木に変身する人が登場するため「ファンタジー・幻想文学」にカテゴライズされているが、「剣と魔法とダンジョンのRPG的ファンタジー」とは全く異なる作品です。
初版と完成品(新装版)の比較
外側の線は印刷物の実寸(仕上がりサイズ)です。
Before 初版(デザイン前の旧版)
After 完成品(新装版)
制作準備:目標を決める
『すべての樹木は光』増刷にあたり、ジャケットデザインをブラッシュアップしたいという依頼が入りました。
まずは「何のためにデザインするのか」依頼者である風野さんと一緒に考えます。
デザインを依頼するのは「自分で作ったデザインよりも格好良くしたい」からですが、「格好良く」は要件としてあいまいです。もう少し細かく考えていくと、今回ジャケットをブラッシュアップする理由を次の2つに分けて考えることができました。
【1】 現状の印刷用データの問題点を改善するため
【2】 本が届くべき読者に届くように、ジャケットのデザインで本の中身をアピールするため
【1】 現状の印刷用データの問題点
風野さんに、改善したい要件をまとめてもらいました。
▼風野さんに作っていただいた要改善点のリスト
タイトル&著者名の文字置いただけ感(カーニング調整しかできてない)を改善したい
タイトルを目に入りやすくしたい(装画とのメリハリが弱い?)
装画の色調補正を勘でやったため、何か元絵の良さが損なわれている気がする
裏表紙の要素を整理し、すっきりさせたい
※装画は全体でなく一部を使う形でも良いのかもしれません
【1-1】レイアウト
タイトル&著者名の文字置いただけ感(カーニング調整しかできてない)を改善したい
タイトルを目に入りやすくしたい(装画とのメリハリが弱い?)
文字のサイズ、フォント、装飾、配置などの問題です。
これは風野さんに細かく話を伺って、具体的な課題点と目標を文章化しました。
- 「文字置いただけ感」が、悪い意味で国語の教科書のように見える。
- 文学フリマなどのオリジナル作品を扱う同人即売会では、イベントで購入した本の集合写真をSNSで自慢する読者が多い(Twitterハッシュタグ「文学フリマで買った本」など)。本の集合写真に自分の本が加わったときに、写真のなかで書籍タイトルが埋没しないように目立たせたい。
特に「集合写真でタイトルを埋没させない」は具体的な目標で、指示として大変ありがたかったです。
【1-2】画像レタッチ
装画の色調補正を勘でやったため、何か元絵の良さが損なわれている気がする
イラストレーターの佐野裕一さんがWebに投稿した画像がこちらです。イラストの原画は水彩画で、この画像は撮影またはスキャンデータです。
すべての樹木は光。 pic.twitter.com/dSRDSQ0Yjo
— sano yuichi (@sunamerius) November 19, 2020
中央の人物の白い服や人物の上に広がる木漏れ日部分を見ると分かるように、初版のイラストは佐野さんが投稿した画像よりも全体的にやや赤色に転んでいます。
「赤みを帯びた森」の画像は、熱帯の常緑の深林というよりも、温帯の広葉樹林(日本の森)のイメージを抱かせました。ここでは画像の赤みを取り除き、緑みを深くして「熱帯の常緑の深林」の印象を強めることにしました。
▼日本の雑木林
▼熱帯雨林(撮影地:オーストラリア)
また、タイトルの文字がイラストに埋没しないように、イラストがタイトルが重なる位置の明るさなどを調整します。(元の絵の印象を損なわない程度に注意)
【1-3】情報の整理
裏表紙の要素を整理し、すっきりさせたい
※装画は全体でなく一部を使う形でも良いのかもしれません
裏表紙は、同人即売会の店頭で本の立ち読みをした人が、手に持っていた本を裏返してあらすじなどを確認するために読まれています。表からは見えませんが、購買の後押しになる情報となります。
情報の優先度を整理して色分けしました。
(こちらは私の考え方を図示したものです。実際にはこのように色分けしたデータを依頼者の風野さんにはお渡ししていません。)
▼赤:重要な情報
キャッチコピー:「そのようにして、魔法は失われた。」
あらすじ:「透明な街、うつくしい街、〜」8行
▼黄:なかば装飾のためのテキストで、読めなくても/削ってもよい情報
作中に登場する呪文:「人間としての表皮は樹皮に〜」16行
ユハの内心の混乱を示す言葉:「彼女にはわからない〜」
▼青:風野さんの他の書籍と同じレイアウトにする情報
左下「風野湊 幻想長編小説 熱帯雨林の樹木変身譚」
背表紙
その他の問題点(ビットマップ形式・ベクター形式の違い)
初版のデータはAdobe Photoshopで作られていました。印刷物のデータ作成にPhotoshopはあまり向いていません。
Photoshopはビットマップ(ラスター)形式と呼ばれるドットの集積で表現されたデータを扱います。この形式は細かい色調表現に優れていますが、画像の解像度が粗いと印刷物でドットが目視できてしまうという欠点があります。
(解像度の単位はdpi=dot per inchと言い、1インチ四方に画像のドットがいくつ入るかを表します。72dpiよりも300dpiの方がドットが細かい)
Illustrator(やInDesign)はベクター(ベクトル)形式のデータを扱います。これは数学的な座標と角度の指示で画像を描画する仕組みです。解像度に依存しないなめらかな線を引くことができ、設計図やロゴデザインに使われます。
ところで、文字の見た目を表現する「フォント」はベクターデータで作られています。しかしPhotoshop上で配置した文字は、写真やイラストと同じようにビットマップ形式で扱われます。
よって、書籍のジャケットのように「文字を読ませる」のが目的であり、解像度に注意する必要のある印刷物の制作にはベクター形式を取り扱えるソフトが使われます。
また、初版データではイラストの色調補正と文字のレイアウト配置が、同じPhotoshopデータで行われていました。
「画像の色調補正」と「レイアウト配置」は別のセクションであるため、別データに分けた方が、あとあとの修正がしやすく分かりやすいデータ構造になります。
以上により、レイアウト制作に使用するソフトをAdobe Illustratorに変更し、イラストのレタッチにはPhotoshopを使用します。
(なんて書きましたが、印刷屋・デザイン業界では「ふつう印刷物のデータ制作にPhotoshopは使わない」のが当たり前なのでIllustratorでの制作にしました。しかしこの話を風野さんにしたところ、「そういった業界的には当たり前でわざわざ解説するまでもない点こそ初心者として知りたい」とご意見を頂いたので掲載しました。説明としてはたぶんこれで合ってると思いますが、大丈夫ですかね有識者の方?)
(あとはIllustratorやInDesignはそもそも「印刷用データを作成するためにある機能」が用意されています。Photoshopで印刷物を作るのは、無理に例えるなら「シチュー鍋でオムライスを作ってもいいけどフライパンで作る方が絶対に良い」みたいなところでしょうか)
追記():Photoshopにもパス(ベクター)を扱う機能はあります。主に写真のキリヌキに使われています。
【2】読者にアピールする点
読者層を想像する
具体的にどういう方向性・雰囲気のジャケットにするかを決めるために、本作を読んでくれそうな読者層を想像します。
▼例えばこんな感じに決めていきました。
- 海外純文学、幻想文学(スペキュレイティブ・フィクションやマジックリアリズムなどとも隣接する領域)の読者
- 商業出版社では早川書房や河出文庫などを愛読する層
仮定する読者の年齢層についても相談をしました。上記に挙がった読者層は年齢層が成人以上であることが想像できます。今回は(回想シーンの)ユハと同世代である若い読者も裾野に入れ、「海外ヤングアダルトや海外ファンタジーを読める読書家の10代」も読者の対象に加えました。
若年層や非・読書家にもリーチするために、「あえて一昔前の文芸作品のような少し古い見た目のデザイン」にはせず、現代的なセンスで「パッと見て洗練されている感じ」が出るようにしました。
緊張感を暗示させる
本作は「娯楽として恐怖心を煽るホラー作品」ではありませんが、冒頭で「謂れのない理由で樹木の姿に変えられる」などの怖ろしいシーンがいくつか描かれ、全体として不穏な要素が続きます。
タイトルに含まれる「光」から、「キラキラなハッピーエンド」にミスリードさせないように、ある程度緊張感を感じさせるデザインにすることにしました。
緊張感の演出にはいろいろな方法がありますが、例えば文字などのオブジェクトをページの端ぎりぎりに配置するなどが考えられます。
制作準備:仕様と金額を決める
要件定義
以下は実際に使用した仕様書の文面に加筆修正を加えたものです。
仕様書
品名:
『すべての樹木は光』H1-H4
納品:
納品期日:2022/04/30
納品形式 : 「仕様」に定めたデータ一式の圧縮ファイル(.zip 形式)
納品方法 : オンラインストレージサービスを使用した電子的な納品
成果物:
入稿用データ ai(Illustrator2022形式)、PDF(X1-a)
入稿用出力見本(JPG書き出し)
Web掲載用 H1書き出し画像
イラストの色調補正済みPSDデータ
成果物の仕様:
印刷所である株式会社BRO'S の仕様に準拠
https://www.bros-comic.co.jp/nyukou/make_method.html
解像度:360dpi
塗り足し:3mm
カラーマネジメント:印刷所から指定がないため一般的な Japan Color 2001 Coated とします
校正回数:
初稿は2案提出、校正はPDF校正2回まで(3校で校了)になります。
こちらの過失や誤字・スペルミスを除く追加の修正は別途料金を頂戴いたします。
アプリケーション:
Adobe Illustrator 2022
Adobe Photoshop 2022
その他の要件:
奥付に表紙デザイン制作が山川夜高である旨の記載をお願いいたします。
(スペース的に可能であれば、WebサイトのURL https://libsy.net も)
印刷見本として印刷された書籍1冊を頂戴したいです。
クライアントワークの例示として、本件成果物を私が運営するWebサイトやSNS等に掲載したいです。著者:風野湊、装画:佐野裕一、その他発行日や通販サイトのURLを併記します。
注意点:
本件成果物は Adobe Illustrator 2022, Adobe Photoshop 2022 で制作します。制作に使用したアプリケーションと異なるバージョンでデータを開くと、予期せぬ表示崩れなどが起きる可能性があります。アプリケーションのバージョン違いによるデータ破損についての責任は負いかねますので、予めご了承ください。
納品データの著作権は発注者様に帰属します。
契約書の締結
制作者(山川)と依頼者(風野さん)の間で納品から報酬の振込までの流れ、著作権の帰属先、個人情報保護などについての契約を結びました。
電子契約はクラウドサインを使用しています。
実際のワークフロー
この記事では「細かい目標の決定」→仕様の決定 の順にセクションを書きましたが、実際にはこのような順番で進めていました。
4以降の工程でお金が発生しています。
- ジャケットデザインの依頼をいただく
- 仕様と金額を決める
- 仕様書を作成、見積書を作成、契約書を締結
- 細かい目標を話し合いながら詰めていく
次回:初稿案出しへ続く
契約書も締結し、デザインの目標も決まったので、いよいよ制作に入ります。
ここまで長くなりましたので、次回の記事へ続きます。次回も宜しくお願いします。