ミッドナイト・ヘッドライト

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 はじめに無があった。ひょんな拍子で均衡が傾いて、ほとんど爆発と言っていいような突然の膨張が起こった。誰かが「光あれ」と宣言したかどうかは知らないが、その膨張、比喩で言うところの、はじまりの爆風はまだ吹き荒んでいる。

 その夜風に乗って生きている。

 

 進学を言い訳に上京してきた街で、俺は目と耳を澄ませて毎日を歩いた。建物が濫立しどこまでも空が狭い。駅と駅の感覚が近いので、数駅ぐらい歩いてしまえるのが楽しい。大学に行って、街で遊んで、夜は散歩してから木造アパート2階に帰る。同じ界隈に上京してきた学生がみんな住んでいて、早速酒を飲み交わして、先輩に流行を教わって、いらない雑誌を譲ってもらった。中古CDとレンタルCDをむさぼるように聴き漁った。東京は明るく雑然として騒がしく、俺は地元の発音を失い、高校の時に都合よく弾かされていたコピーバンドなんてすっかり記憶の隅に追いやってしまう。そうかといってサークルにのめり込んでいったかというとそんなこともなく、4月に無理やりチケットを買わされた先輩とOBらのライヴは、形容しがたく強くて形のない何らかの決意を呑ませるには十分だった。ライヴハウスバージンが最低だったことは今でも少し根に持っている。

 踏み越えてはいけない一線は、例えば駅舎の白線だったり、吐くまで飲むということ、身内受けと停滞、身体をわざと壊すこと。生きていくにはどっかが冴えてなければならない。酔ってはいけない。甘い方に流されてはいけない。

 なんて言っても10代の頃から俺は夢想家で、高層マンションの窓の連なりや路地裏の天窓みたいな狭い空や、街の中にぽっかり空いた更地みたいな狭い駐車場にうっとり見とれているうちにバイクに轢かれそうになったこともあった。

 お話はそんなところから始まる。

 

 連休が過ぎると気持ちも落ち着いてきて、貰ってきた雑誌や講義の資料や古本屋での浪費の結果で順当に部屋が散らかった。1限の講義が疎かになり、大学の帰りに渋谷か下北沢に寄り道するという、浮かれた生活を送っていた。本とCDに囲まれて大変満足していた。

 大学でバンドは組まなかったから、高校の時にちょっとだけ無理して手に入れた2万円台の黒いボディのエレキベースは、高校で覚えた曲を弾き直すことや、ささやかな深夜の即興に使われた。

 毎夜0時を回っても車が走る。

 夜空が明るいのだ。黒が明るい。どこからかビームライトが伸びて雲を照らし、光の帯が夜闇をぼんやり明るくする。それが少し赤いのは、電球やフォグランプ・テールランプの暖色に偏っているせいだろう。乱立する建造物、どこまでも伸びる高速道路、無数の光源、それを点灯させた人々の生活を想像すると途方に暮れる。

 ここで何をしていくんだろう。どれだけの人数がここにいるんだろう。合間合間にそれを思い、放り出されたような気持ちになる。

 なまぬるい安泰のなかでぬくぬくと過ごしたくはなかった。その歳で19になる世間知らずの若造は、マトモな学生身分を借りて、マトモな世界の白線の内側ギリギリに立ってジャンプの機会を伺っていた。たとえば夜の底へ、マトモじゃない狂騒へ。それでも警笛に気後れして飛び出せない……。

 流れる日々のなかで過ごすテンポが決まってくると、お話もだんだんはじまっていく。気付かぬうちにメンバーは揃っていた。

 

 CDを借りた義理があるから、時々サークルには顔を出すようにして、そのなかで友達も出来た。同じ新入部員のマツヨ君のイチオシのバンドが今度渋谷ホワイトリゾーツでやるというので、誘われてついて行った。彼は実家が新宿区にあるというたいそうな奴で(俺は新宿に一般住宅が存在することを想像したこともなかった)ライヴハウス初心者の俺に服装や持ち物をあれこれ指図し、俺を導くことを楽しんでくれていたようで、世話焼きというか親切だった。

 駅西側のラブホ街を抜け、住宅地に差し掛かる辺りにひっそりと建っている小さなハコは、雨に溶かされた外装の白壁のために廃れた遺跡のような風合いを晒していて、White Resortsというネオンサインもごく控えめな発光で掲げられていた。

 その日観に行った『偶然の音楽』は、何組かのインディーズが合同出資で出演する、ありふれた平日のイベントだった。暗い廊下になぜだか邸宅的なシャンデリアが吊り下がっていたのを思い出す。屋敷と遺跡がまぜこぜになり、あいまいな国籍のまま渋谷に建った特異な「リゾート」空間だった。

 彼の目当てのバンドの名前もパフォーマンスも忘れてしまったけど、たしかその次のステージで、あるバンドがグサリと刺さった。音楽体験。はじめて聴く音楽の狂おしい衝撃が耳に居座ってしまい、高揚がしばらくのあいだ頭のなかに残響し、ふとした瞬間に思い出してはかき乱され、すっかり惚れ込み、夜も眠れなくなってしまった。ライヴで音楽に圧倒されたはじめての瞬間だった。

 パンキッシュなポップスで、ギターボーカルとドラムスのツーピースだった。棘をがなり立てるような音圧で、ボーカルはか細く聴き取りづらい。そのステージに立った他のバンドと同じように、だからきっと同じ場所にいたフロアの俺たちもそうで、彼らも青臭くいきがってがむしゃらだった。なのに他の連中と一線を画していたのは、若気の至りの錯乱のまっただなかにいるくせにどこか達観したように冴えて聴こえ、ありったけのエネルギーを叩きつけてかき鳴らしながらも、当のプレイヤーたちは気持ちのどこかで一定のレベルを保ちつづけているところだった。衝動があり、衝動だけで終わらせず、衝動にかなう技巧をもっている。演奏を我が物にしている。そこがクールで、プロっぽくて、このツーピースはめちゃくちゃ良かった。そもそもギターとドラムスのふたりきりでステージをもたせられる時点で相当モノである。

 ステージ前には観客が詰め寄り、自分は後方のバーカウンターで聴いていた。ギターボーカルは終始俯いてエフェクターを睨みつけてるらしかった。

 アクト後、マツヨ君はバンドメンバーと話しに行くと言うので、俺ひとりで物販を探しに行くと、フロアを出た廊下の暗がりで、長机にCDを並べていかつい男が座っていた。ちょうど人の空いたタイミングだった。来たはいいが、ここに来て、例のバンドの名前も曲名も知らないことに気付いた。

「4番目か5番目にやった、ツーピースのってあります?」

 男が顔を上げる。

「俺の?」

 スタッフだと思っていた彼が先程のドラムス本人だった。

 うーん、なんて呟きながら、彼はテープを2本手渡す。選択の余地もなく、俺はきっちり代金を支払う。

「よかったよ」

 どうにか会話を続けたくて、チャチな感想を口走った。よかったなんて本当は言葉が足りない。が、それ以上のことはとっさに言えなかった。

「あー」と、無関心に聞こえる声音で、ドラムスは返す。「そうだろ」。言って、少し間を空けて、俺に向き合ってぼそりと打ち明ける。

「俺もそう思ってたんだよ」

 すっかり真顔で言うものだから、俺は何にも言えなくなって、物販スペースを後にした。

 帰りの電車で確認したチケットとEPのジャケットには『ネコマイゴ』という名がある。

 

 ジゾ君からのはがきはその夜に届いた。

 善良そうな坊主頭で地蔵っぽいからジゾ君と呼んでいる、同じ高校に通った地元の友達だ。

 近々上京する用事があるから滞在させてほしいと書かれていた。近々と書かれていたが、それが何月のことなのかも書かれていない。差出人のところには彼の実家の住所があったが、もう彼はこちらに向かっているかもしれない。返事の書きようがなかったから、はがきはどこかの本に挟んで、それ以来一度も見ていない。

 

 ジゾ君の家で音楽を聴いた。

 ビートルズ、ピンク・フロイド、イエス、ニルヴァーナ、そこにたどり着くまでには、ブルーハーツがあった。LUNA SEAも一応かじった。サニーデイ・サービスを聴いて胸がつまった。でも始まりにはスピッツの『ハチミツ』があった。高校の軽音楽部で『ロビンソン』を弾いた。

 

 ネコマイゴの『ネル』『ユーヤケep』はライヴでの衝撃を更に裏切る、裏の裏をかくような音源だった。

 ライヴでは見る影もなかったシンセやピアノの打ち込みと、ベースの低音が響いている。キーボードにメロディを任せてベースを導入したおかげで、ギターの役割は解放され、曲のなかを駆けまわっている。それが青臭いながら息苦しいようなトリッキーさがあって滅茶苦茶上手い。

 ライヴステージで聴いたディストーションゴリ押しのハードロックサウンドがネコマイゴの主軸かと思っていたが、EPを聴く限り、かわいいとさえ形容できそうなエレキなポップスだ。

 ライヴステージ同様に歌は聴き取りづらいから、売れ筋のポップスに比べたら一般ウケは悪いだろうが、そんなことはどうでもよく十分すぎるほど気持ちいい。

 確かに、上手いし、ポップでキャッチーでとても良かったが、俺はライヴアクトの方が好きだった。

 そんなことを考えて過ごしながら、その頃はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインを聴いていた。

 

 5月の終わり頃は用もなく渋谷や下北のライヴハウスをハシゴしていた。歩くことはとても楽しかった。街を見て回り、流れている音楽に耳を傾ける。俺は巨大な都市の喧騒に飢えていたんだと思う。

 再訪したホワイトリゾーツの廊下にネコマイゴのメンバー募集の貼り紙を見つけた。連絡先を千切って持ち帰れるように短冊がぶら下がっていて、既に半分以上なくなっている。

『募集 ベーシスト』

『長く続けてくれる人。』

『作詞できる人。』

『本気の人。』

 手書きの文面の隅に、どうやったらこんなにかわいくない猫が描けるのかというくらいかわいげのない猫の絵が添えられていた。

 他の貼り紙を読むフリをして壁の前を行きつ戻りつし、結局連絡先を千切ってきた。

 轟音に洗われてライヴハウスを出るとそろそろ深夜に差し掛かる時刻で、閉店したアパレルショップ、路傍のゴミ、冷ややかな夜の空気、人のまばらなスクランブル交差点、そういったOFFの手触りがあった。昼間の通勤・通学によるシステムの稼働に反する、電池の切れた裏側の世界。

 例えば錆びた通気ダクト、エアコンの室外機、非常階段で煙草をふかしてる人、猫やスズメ、空地、そういった存在との出会いを求めていた。彼らは、街を規定するルールの外側にあった。エアコンは街の機能に則しているけど、エアコンが屋内の空気を冷やす代わりに、室外機が熱を放出していることは表舞台から忘れられている。入り組み合って隠された、対なる影の存在、役立たずの存在、反作用、役目のない存在。普段の生活の意識を離れて、探していないと出会えないような裏面を日々見つけようとしていた。

 表の世界については、同じ言葉を喋る必要に俺は閉口していた。たとえば定期試験について。靴下の丈の流行について。偏差値。殺人事件。試合の勝敗について。

 誰が戦って勝ったかではなく、どんな拮抗があってこんな観客がいてこんな風に格好良かったとか、具体的で個人的な思想を聞かせてほしい。

 情報の奔流に対して穿った物の見方ばかりするようになったので、東京の新居にテレビは構えなかった。

 その時間を街に充てた。穿った見方で、細部を見据えて。一瞬うかがえる些細な裏側を心の底から喜ぼうと努めた。ビルの屋上に洗濯物を干している光景だとか、そういう存在が俺には嬉しい。瞬間的で偶然で、具体的で個人的な生活が営まれている。きっとそこでは都市生活のある種の法が通用していない。今俺が見ていることを誰も気付かないのはすごくいい。都市の網目をかいくぐりながら都市に潜り込んでいくことは、俺にとってとても正しく、気持ちがいい。

 

 最寄り駅反対方向にある、潰れかけた小さな白いアパートに見とれていたら『角部屋の窓』が生まれた。自然に気持ちよく口ずさんでいたフレーズに、サークルで楽器を借りてコードを合わせて、今までにないくらい丁寧に歌詞を書いた。

 ボロくてメルヘンな木造2階建てで、2階の角部屋が空家になっていて、家具もカーテンもないせいで部屋の中がよく見える。角に面したふたつの窓で、部屋の中と、部屋を突っ切って向こうの景色を目にすることが出来る。視線によって切り取られた建築。普通ならば見られない光景に、透視の魔法みたいな喜びがある。

 解体工事の現場を見るのも好きだけど、砂塵のなかになんらかの利害関係が舞うのを見てしまってどこか喜べない。角部屋の窓による触れない透視は誰も傷つけずに風景を切断できる。

 一度弾いた曲が忘れがたくなるように、一度歌にした土地や人にも忘れられない愛着が湧く。『角部屋の窓』を書いたとき、またひとつこの都市の生活と繋がりを持てたんだと喜んだ。今でも嬉しい。複雑怪奇なこの街が好きだ。

 そんな『角部屋の窓』だがけっして簡単にまとまりはしなかった。コードやメロディに関してはこねくり回しようもないと腹をくくっていたが、歌詞に対しては長い格闘があった。

 対象に思いを入れ過ぎていた。思いを歌詞に乗せて何でも語ろうとしていた。でもすべてを言葉で語れるのなら、論文でも出せばいいはずだ。俺は歌を書こうとしている。音楽を無心で聴いて魅せられたときの感覚を手掛かりにしようと苦心した。俺は音楽から音色とメロディとテクニックを聴き取っていた。言葉の意味なんて気にしなくても、いつもあんなに没頭していた。歌の力が十分であれば言葉はあり余るのだ。

 ならば俺に素晴らしいメロディが書けるのか、素晴らしいリフが弾けるのか。言葉の余剰と音楽センスの不足のあいだに俺は迷い込んでいった。

 作詞活動に葛藤して生活がギスギスしてきた頃に、ジゾ君はふらりとやってきた。坊主頭によりによってショッキングピンクのウィンドブレーカーで。

「おまえスゴい顔してたぞ」とジゾ君は言う。

 そりゃそうだ。最寄り駅の改札前に坊主頭のショッキングピンクが居たら、よくよく見るとそれが地元に残った友達だったら、スゴい顔もするだろう。それもそうだと彼は言ったが、それよりも俺が焦燥感でやつれてヤバイ顔だったとジゾ君は見ていた。てっきりひとり上京した俺が都会の前に打ちのめされてノイローゼになっているのではないかと再会して早々気を揉んだらしい。しかし俺は友達の不安なんてよそにトーキョーに没頭していたし、このノイローゼはたんに作詞不振のせいだった。訪問すると聞いていながら部屋は片付けていなかったので、足の踏み場のない室内を見て彼は心配のすべてを撤回して呆れた。

 ショッキングピンクの上着は彼の恋慕の結果だった。彼は東京にカノジョがいた。

「つまりお前、高校の時から……」

「……手紙やってたんだ。雑誌の、文通で」

 そこで彼の懐から封筒の束が抜き出される。

「これ全部そうなん?」

「1年と、8ヶ月」

「お前、そんな、こんなに軟派なのか硬派なのか分からない奴だとは思ってなかった」

 ショッキングピンクを脱いだジゾ君は無地の黒Tシャツを着ていたのを覚えている。お前、そこは、コスモな絞り染めを着るところだろと、俺は文句をつけたんだった。

 

 ジゾ君のガールフレンドは近々海の向こうに旅立つらしかった。

 カノジョは絵だとか写真をやっている文化的才女だった。写真やイラストを手紙に添えてもらえるほどにはジゾ君は愛されていたらしい。猫のイラストは、あのネコマイゴに見習わせたい出来だった。

「いいね」

「いいだろ」ジゾ君は誇らしげだった。カノジョへの信頼に溢れてる感じがした。

「見つけやすいように、ヘンな服を着ていこうって、俺はピンクで、カノジョはレインボー」

「へえ」

 数日遊んで、最終日にカノジョと会う。彼はその足で地元に帰る。

「でも予定日よりもずいぶん早い到着じゃないか」

「あ? あ、えーと、下見」

「遊びたいだけだろ」

「ま、頼むよ」

 そんな訳で室内の物をどけて、彼ひとり分のスペースをどうにか作った。

「片付けろよ」

「なんでさ」

「はあ?」

「なんで片付けなきゃいけないんだって、ふと思って。雑然としたものの方が落ち着くような、美しいような気がしたんだ」

「そりゃ、……物を失くすからだろ」

「失くさないよ」

 ネコマイゴの連絡先は財布に突っ込んだ。

 

 彼の滞在によって、気が強くなったというか、勇気が湧いたというか、少なくとも女を追って身ひとつで上京してきた無鉄砲な友達の存在は、きっといい影響を与えた。

 本当に身ひとつだった。下着とタオルぐらい持参してほしかった。

 彼のおかげでネコマイゴに電話するかしないかの逡巡はたったの3回で済んだ。

 ジゾ君はジゾ君で勝手にやっているので俺は独りの夜歩きをやめなかった。良い風が吹いていたのを覚えている。いかにも夜という匂いがした。その場の空気に後押しされて、半ば酔って、幹線道路沿いの公衆電話に入って電話をかけた。

 荻窪のガソリンスタンドに繋がったのであわてて切りそうになったが。

 俺が電話をかけ間違えたのかチラシが間違ってたのか、どちらもあり得そうだがとりあえず、チラシにあった田邊という名を呼び出した。どうやらそこのバイトらしい。

「ネコの件で、って言えば通じると思います。あの、お礼したくて」

 出まかせを並べているとそのバイトの男に電話が変わった。

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