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「あったー?」
「なぁい」
「……あったー?」
「ない」
「…………ない」
「ない、じゃねえよ。なんで無いんだよ」
「でもねえんだよ」
「ねえじゃねえんだよ」
「ねえ……なんでかねえ」
ったー?」
「ない」
「ない!」
「ねー、足の、踏み場が、なーい。だから、ノートが、見つからなーい。つづきを書いてたノートがなーい」
「本当にこの部屋にあんの」
「……分かんない」
「分かんない?」
「でもおれは、どっかに置いてくる程の、うっかりさんではないし、昨日の夜に書いたんだよ。だからある。どっかにある
「部屋が、汚なーい。見つからなーい」
「部屋のどこまで探したのかさえ分からない」
「すまなーい……」
「再三部屋を片付けろと言ったのに、やらない」
「しかもなくしたらひとに探させるぅ」
「申し訳なーい……」
「見つかる?」
「分っかんなーい……」
「本当は落としたんじゃないのか」
「そんなおっちょこちょいでは、ない」

 

 本やCDや写真や、数えられるガラクタを積み重ねて「きみ」は居場所を守っている。部屋にあふれて隙間なく積まれたそれらのタワーは、大都会のミニチュアみたいで、「ぼくたち」はゴジラみたいに、膝の高さの高層ビルを切り崩して探し物をする。

 あらゆるものは記録している。きみは思い出の品を集めたがる。というかきみが集める品々は思い出そのものだった。思い出の拠り所のために作られたもの、たとえば本やCDや写真は、カタカナでメディアと書く。きみはきみの部屋を他人の思い出で埋め尽くしてる。

 他人の思い出に押し潰されて、きみが書いたノートがどっか行っちゃったっていうのはとてもかわいそうだ。かわいくて、残念だ。「ぼく」のひとはとても残念でかわいそうだったようだけど、「ぼく」とぼくのひともきみの方がかわいそうだったと思っている。でも、きみは「ぼく」に同情している。

 かれは呆れてる。きみはへらへらしてるけど少しずつ焦ってる。「ぼく」は、ないならないでいいと思ってる。ないならまた作り直せばいい。あの毎日は、時間は時計の針の1から12で有限だったけど、そのころだって「ぼくたち」のかれらにはそれぐらいの時間の猶予はありあまっていたはずだ。

 

「あー?」
「見つけた?」
「ちがーう」
「なに?」
「分かんなーい。ねー、なにこれ」
「あー……。テレビ石?」
「あー、あったあった。そんなとこにあったん」
「なんであんだよ」
「……買ったからだよ」
「ねーテレビ石ってなにー」
「博物館のショップで売ってるお土産用のウレキサイトだよ」
「なんで買ったんだよ」
「……欲しかったんだよ」
「ウレキサイトってなーに。ガラス? レンズ?」
「鉱石だよ。光ファイバーみたいに同じ方向に結晶が向いてるから、こっからこっちに光を通すんだ。するとこの細い結晶を伝って、向こう側の文字が浮かび上がる」
「え? あ……」
「ほら」
「……あ……ああー?」
「良い? いいでしょ。あげるよ、それ」
「え、あ、やった。わー」
「いいのかよ」
「だってまあ、使わないし」
「ねー。ねーこれ。浮いてるみたい。ね、ね、ちょっと、手ぇ貸して。あ、こっち、上にして。……あー。あー、浮いてるー」

 

 指の付け根の血豆がつぶれて皮膚の分厚くなったところだとか、テーピングとか、サポーターとか。道具に握られて弦で押さえられた指先は硬くゆがんでいる。ぼくらの身体は「ぼくたち」に矯正されて傷ついた。「ぼく」は「かれ」に近づこうと誰より努力してたかれのことが大好きでならない。だから、というのは理由に繋がらないけれど、かれはぼくらよりも一足早くほんとうに「かれ」に変身してしまった。知っての通りかれはもういない。

 身体なんか見て楽しいのかと「かれ」はぼくの挙動を不思議に思う。

 ぼくはかれに触れてうれしい。

「かれ」は「ぼく」といる。ぼくはさみしいと思う。「ぼく」はさみしくない。

 波の底で待っている「ぼくたち」はもう、

 

「なんで死んじゃうの?」

 

 面と向かって訊ける仲だから、さみしくない。

「でも、『再生』されるだろ」

 「かれ」の意思は固い。

 「ぼく」はあたりにとっ散らかった譜面を透かして「かれ」や「きみ」や「ぼく」を浮かべた。
 「かれ」は飽き飽きしながら「ぼく」と「きみ」に寄り添った。

 きみはまだ探していた。きみはまだ「きみ」と決着を付けられない。「ぼく」はたぶん、ぼくだけど、ぼくではないから、「ぼく」はいまいるぼくと違う。「ぼく」は「ここ」にしかいない。きみは「きみ」自身に対して懐疑的だ。「きみ」も「きみ」自身に対して懐疑的だ。きみと「きみ」は「ぼくたち」のことも実は信じていなかった。

 でもぼくたちはつるんでいたし、「ぼくたち」ならまだ「ここ」にいる。

「ぼくたち」は足跡の化石になろうとしているところ。止まった時間のくぼみのなかに、砂や水が隙間を埋めて、かためて棚のなかに飾る。

「ぼくたち」は波形のまにまに、あなたがさんかくのボタンを押すまで待っている。

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