Without Your Sound *

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 次のシフト日に事務所に行くと三人組はソファに集まって松田くんを構っていた。僕は焼き増しした猫の写真を秋山氏にやった。気を使ってわざわざ2L版だ。

「遠足の写真の大きさ」と秋山氏。

「俺にはないの?」と青野氏。

「カラーコピーでもしろ」と田邊氏。

 秋山氏は写真をじっと見ている。

 こんな連中から歌が生まれる。

 自宅で用意してきたセリフを切り出す。なるべく楽な気持ちになって言おうとしたセリフ。

「それで、オレとしては、皆さんのスナップも撮りたいんですけど、アー写じゃないっすけど、オフショットみたいなスナップ、もし良ければ、これからも」

 どちらかというと僕の話よりも、腹を見せて甘えたい気分の松田くんの方が重要らしい。ああ、いいよ、と、熟慮のない返事だった。

 彼らの写真にプレミアがつくのはいつになるだろうか。この世界であり得るだろうか。

 秋山聖の方は猫の写真を近くで見たり遠目で見たり、片目をつぶってひっくり返したり、何かを入念に確かめていた。写真から目を離さずに、撮影者である僕に言う。

「モールス、モールスはね、怒らないよね。『ウィズアウトアサウンド』みたいな顔してるよね」

「……そうか?」と田邊氏が顔を上げ、僕の顔をまじまじと見た。「そこまで酷くないぞ」つまり酷い話らしい。言い出しっぺの秋山氏はへらへらした声でテキトーな歌を歌う。気分がすこぶる良さそう。

「ゆごー、……うぅきゃーんびろーぉーん、ゆごーう、どーんすてーいふろーん」

「滅茶滅茶じゃないか」原曲を知ってるらしい青野氏が苦笑。

「でも解散しちゃったの」歌い、ギターを弾く真似をしながら、秋山氏が言う。「ぅーあいのー、いつおーばーしょーだぁー」

「なんか飲む?」と青野氏。「さっきコーラ買ってきたけど」

「冷蔵庫の、お茶取って」とソファの田邊氏。膝にデブ猫の松田くんが居座って動けない。「スタジオ行きたいんだけどな」

「モールスは?」

「あっ……コーラ」

「えースタジオ行こうよぉ。あっ、モールス、モールス来る? スタジオ。たのしいよ。いまねー、新しいの作ってるから試してるの。歌詞も作ったし。あ、えーとね、コーラちょうだい」

「モールス暇にならないか?」

「何か叩いて貰うか」

「ま、飽きたら、抜けちゃっていいから」

 気を使うにしても気の使い方を間違えている三人組だった。不器用なバランスのなかでしか現れることができない連中だった。

 

 西暦2000年の春の話だ。

 

 のちに僕は彼らの途方もない格闘と、不可解で気持ち悪い現れ方をし続ける作品と、彼らをとりまき羨望するリスナー達が、風にあおられたページのようにめくるめく現れ過ぎ去っていくのを見た。結局僕には分からなかった。分かろうともしなかった。僕にも誰にも分からない、分かるはずがないということを、僕は分かってしまった。だからそこから動かなかった。

 理解者ではなかった。友達とは認められたかもしれない。

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