これは物語ではない

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9. juveniles

「うわっ」前触れもなく本降りになった空に八月一日夏生が叫んだ。「なんなんだよ」ここまでの色々な障害物競走を経て彼には独り言の癖がついている。気付いていない。

 旧式の携帯端末にはそろそろガタが来ているようだった。あるいは大雨で電波が乱れているのかもしれない。今更になって、今朝8時のタイムスタンプの、celestaからのメールの知らせが鳴った。今日は乱れているんだと八月一日は思った。時の流れに翻弄される日。こういうのはときたまある。

 サクラの木陰とビルの庇を伝い、濡れ鼠になりながら居酒屋へ駆け込んだ。階段を下りながら、洪水になったら駄目になりそうな店舗だと思った。

「雨、ひどいですよ」
「23区側しか本降りにならないって言ってたのにな」
「震源も分かりました。『東京23区』って」
「珍しいな」

 僕が外に出ている間に、食べ残しの皿はきれいに片付いていた。なんと会計まで支払い済みだった。

「おごりって言っただろ?」

 しれっと語る高田氏の余裕はとてもスマートに見えたが、貸しを作ってしまったことへの一縷の懸念を拭いきれなかった。
 陳謝して外に出た。雨のなかを濡れながら駅舎に駆け込んだ。店にいたほんの少しの間に雨足は多少和らいでいた。
 このまま愛想良く笑って別れてしまえば丸く収まっただろうに、つい口が滑って、というよりも故意に、喉のつっかえを取っ払ってしまった。

「公園の件ってどうなったんですか」

 このまま別れていれば丸く収まったのに、とは、高田氏も思っていたに違いない。混ぜっ返された事件に彼は少し逡巡したように見えた。

「今のところ何もない。ただ、あの神社に賽銭泥棒があった。窃盗ということでパトロールに回った。一応町内会持ちの施設だからね、微々たる額だが町内会から要請があったから仕方ない」
「ネットじゃ意見も噂もなんにも聞かなくなりましたけどね」
「現場はいつまでも現場ってことさ。事件性があるんだからまだ終わらないよ。で、たぶんこの終わらなさってのは見ているだけの連中には簡単に伝わらない。伝えようとするのもちょっと難しい」

 大したことないはずの出来事も、実感がある限り忘れられない。僕はこの現象の先にいる彼女を探しているから、まだ降りられない。

「高田さんは見つけたらどうするんですか」

 彼は微笑気味の無表情で言った。でも回答は心なしか今までの問答より親切に聞こえた。

「秘密にするだろうね」

 上手い返事が思い浮かばなくて黙ってしまうと、高田氏は「さ、今日はお開きだ。高校生なら帰る時間だろ」と先んじて終止符を打って立ち去った。

 さっきのセレスタからの受信は、開いたはいいがろくに読んでいなかった。取り残されて改めて端末を開くと、ちょうど通話の着信があった。
 連絡先に登録された名前。応じた。

「荻原?」

 沈黙があった。僕は待った。
 長い無言を経て聞こえた。

「きて」

 駅前のレンガ敷きの通りは雨に濡れて滑りやすい。雨の降るなか、街灯がレンガ道の上の水膜に濡れた夜景を天地逆さに反射している。

 居場所は予想できた。西S行きのバス停を探して、滑りやすい道をバスターミナルへ小走りした。乗る路線は本数が少ないのだ。グリップの効かないスニーカーで、転倒しない可能な限り急いだ。

「電話じゃダメかな」

「できれば会いたい」

 バスは来ていた。発車しそうだ。

「今どこ?」

 返事を待たずギリギリで駆け込んだ。電話を繋げたままだったから、何人かの乗客にモラル違反を煙たい目で見つめられた。事情なんて、知らないくせに……。いつも、ときどき、どこからか現れる、冷たい怒りに捕らわれそうになる。

「ミナトさんとこ」

 バスが発車した。空いた車両の後ろに移動した。

「いま、乗ったから、バス、2、30分ぐらいで着く」

 答えがない。

「あのさ、電話繋いでようか?」

 一拍置いて、少しの気配がして、向こうから通話が切れた。

 

 バスは帰路の逆方向へ走る。

 ポケットからこんがらがったイヤホンを取り出して耳に突っ込んで、いつものバンドのいつもの曲を、正しい轟音を再生した。
 エンジン音も車内音声もイヤホンで塞いだ耳を通過して聞こえる。遮音が目的ではないから、環境音は構わない。音楽が流れている間、僕は流れる時間を音楽に預けて座席に沈む。4曲か5曲を聴いているうちに、いつもの場所に到着するだろう。

 住宅地を通るバスの車窓は、だんだん光が消えていく。閑静な夜の暗さがバスの車窓を見覚えのない風景に変容させた。窓ガラスを打つ雨粒がさらに夜の明かりをぼやかした。じつは見え方が変わったのではなく、バスは違うところを進んでいるのではないか、それも知らない路線を進んでいるのではなく、乗ろうとしたいつもの路線のはずなのに地勢が変動してすっかり違う場所になってしまったのではないだろうか、そんな心細い想像をしていると、バスは一度、市役所の隣の、開店しているところを見たことがない小さな一軒家の喫茶店の前で止まった。乗客は皆そこで降り、空っぽになった車内を眺めて、僕は音楽を聴いていた。悲しくて謎めいた、歌のないロックを聴いていた。音楽の秘める夢想の情景が車窓の外の闇に吸われて代わる代わる現れて消えた。歌の流れるあいだにだけ想像のなかに立ち現れる風景や感慨が恐らく「世界観」の正体だ。僕はたびたび夜の高速道路を走る主観映像を彼らの音楽のなかに見出す。目覚めたまま夢を見ているように、好きな音楽は風景を運んだ。対向車線に光の軌跡を見た気がして、僕は歌詞カードの一節を思い出して聞こえないように小さく口ずさんだ。歌わない音楽に添えられた歌詞が、曲のどこに呼応しているのか僕たちリスナーには明かされないけれど、言葉は秘密の呪文のように脳の奥にいつの間にか記憶され、僕は、ふと思い出す。

『鉛色の一日』ははじめて聴いた曲だった。アルバム『she/see/sea』の3番目に収録されているミドルテンポの楽曲だ。Drive to Plutoは、初期の曲はノイジーで攻撃的で尖っている印象だが、時を経るほどに音色の作り方が澄んでいって、エレクトリックで技巧的ながらなめらかな手触りに丸くなっていった。『鉛色の一日』は初期と中・後期の橋渡し的な作風で、鋼鉄を削る重機のようなエレキギターの低音のうえに、雨粒みたいに繊細なピアノがメロディを乗せていた。もしもピアノだけで作っていたら甘ったるそうな歌だけど、バックで刻まれるのがハードな轟音だから、ロマンティックさがちょうどよかった。僕にはちょうどよかった。メロディが胸に迫った。ずっと聴いていた。

 小学校から中学校に進学したら毎日が精彩をなくした。地獄という程でもないが、日差しや雨を遮る屋根のない荒れ地のように感じられた。荒れ地に基礎も作らずにあてずっぽうに建てて傾いたささくれだらけのステージで、人はコントの中にいるみたいに自分の役割を披露して、僕も番組に引っ張り出され、笑いを取る日々は苦しかった。

「こんなのバカらしいよ。降りよう」

 ある日口走ったが誰も真意を掴める筈もなく。

 何かに打ち込む「キャラ」でもなく、毎日の話題に傾倒も出来ず、僕は「その他」の領域にいた。「その他」なりの居場所はインターネットにあったが、そこでも腰を据えられず、僕は殆どROMに徹していた。どこにいようとも匿名だろうとも、わざわざ語るほどのことは持っていないと思っていた。僕が書くまでもなく、面白いことを書く人間はたくさんいた。真偽不明の噂話や異文化・異国を揶揄したジョークやさすがに知らなくて良いレベルの下品な知識を知ってしまいながら、僕は漫然と椅子に座って動かないまま、毎日生成される文章に目を通していた。

 やがてよく読むようになったのは怪談だった。オカルト・怪談・怖い話を好んだのは、大概のジョークよりも怪談の方が文章が練られていて面白かったからというのと、傍目に見てありえないと分かっているにも関わらず、怪談とそれを読んだ人間は、その実在を疑わないというルールで談義を広げているところだった。加えて日本国内の怪談の舞台は僕のいる場所と地続きである。少なくとも投稿した時点で投稿者は同じ島国に生きていて、その投稿日に僕は生きていたんだと思うと、他の作り話よりもはるかに鮮度が良い。しかし実際のところ、web上でリアルタイムに投稿された話を読める機会は滅多になかった。いつも誰か有志が編纂した「まとめ」の目次から、評価が確定した過去の「傑作」を読んでいた。そうして現在起きていることよりも過去に慣れ親しんでいった。

 公園の霊は、それだけはたまたま、ネットよりも、家族の口から噂を聞いたのが先だった。ネットを探すと、オカルト系のカテゴリではなく地域情報掲示板にひっそりとスレッドが立っていて、celestaもそれを見ていた。それからはまあ、そういうことになった。何の手がかりのないまま†闇巫ノ騎士†から幽霊の捜索を依頼され、僕はcelestaを捜している。
 ネットを使っている。しかし、リアルタイムに繋がることはできず、過去ばかり追っているように思う。いま起きていることよりも、残された出来事の手掛かりや痕跡を捜していた。かつての出来事、過ぎた出来事。文献と呼ぶにはあまりにも多すぎるテキストの量にめまいを覚えた。

 光の伝達が目に見えるほど遅れる広大な宇宙では、過去を探るために、望遠鏡で遠くを見る。138億光年離れた場所を見ることは、同時に138億年前に放たれた光を観測することを意味している。過去を見ることと遠くを見ることは一致する。
 僕は今ここで起きていることに浸かっているよりも、過去と遠くの膨大なアーカイブを読み漁ることを選んだ。美しいものも正しいものも楽しいものも、ここではないどこかにあるのだと信じ、遠くへ、遠くへと、もっと遠くへ行けるはずだとハイパーリンクをさまよっていた。
 過去の投稿に隣接する関連情報を手繰り、知り合いの知り合いの知り合いの……というような終着点のない移動に時間を費やしていたときに、Drive to Plutoに行き当たった。はじめて聴いたとき、目的地に辿り着いたような感じがした。言葉もビートも音色も、僕の理解の及ぶちょうど一歩外側にあるようだった。僕にとってふさわしい距離感の未知であり、もっと聴きたいと希求し、追いかけることが出来た。出会ったときには活動を終えていた過去の歴史だったとしても。
 地上から観察できる太陽光は8分前の姿である。太陽から地球まで、光の伝達には8分かかっている。僕が知った頃、冥王星はとっくに太陽系の惑星から除名されていた。いま追っている姿は冥王星のいまの姿ではなく冥王星の過去であり、それは仕方なく妥当な気がした。

 こうやって延々と内省していられるのは才能なのかもしれないとある日気付いた。僕はクラスメイトに、普段何もないときに何をしているのか聞いてみた。すると「何もしてない」だとか「誰かと連絡を取る」と答えがあった。じゃあ俺にメールを送ってくるのはお前らの暇つぶしかよ、と言いたかったが、何もないときに考え事もせず何もしていないなら、みんなは反省をいつするのだろうと疑問に思った。
 少しして反省はあったと気付いた。皆は匿名掲示板や何かのwebサービスの自分のアカウントで、内省や愚痴や提言を書き残していた。誰も僕にアカウントを教えなかったから、僕が彼らが裏側に隠していた領域の存在に気付くまで時間がかかっただけだった。裏の人付き合いから僕は隔たれていた訳だ。一人見つけると芋づる式に皆の日記が見つかった。皆の日記を黙って読んだ。窃視に罪は無かったと今でも思う。なぜならWorld Wide Webは市立中学の教室なんかには留まらず、世界全域に均等に広がる雑踏だと僕は知っていた。世界で吐かれた言葉は音声ではなく文字なので、独り言みたいに忘れ去られることはなく、文字が読める限り永久にそこに残る。この世界には執念深い人々もいて、ひとつの不用意な発言をした人の住所や顔写真も突き止められることを知っていた。
 クラスメイトの日記を読んで、僕が全く登場しないことに寂しく安堵し、たった一度だけ解せなかったのは僕が写り込んだ集合写真を断りなく載せられた時ぐらいだった。裏側と称する場所に押し込められた、醜い気持ち、くだらない悩み、それらを友達に見られないように隔離して一人で片付けるために記録を取っているのかと思いきや、裏側でも友達同士で互いに読んでコメントを送ったりしていた。仲間同士にだけ通じる秘密を踏まえた内輪のやりとりを黙って読みふけった。僕はクラスメイトたちにある意味では好意を抱いた。誰にでも内面があり、悩み、言葉で吐露する。苦言を呈したいのはセキュリティとプライバシーへの配慮だけだ。

 同級生をザッピングしながら、荻原映呼は元気かなと思った。同じ団地に住んでいたが、荻原一家は市内に持ち家を買って団地を出て行き、僕達は別々の中学に進学した。しかし同じ中学に通っていたとしても、男女とかいう関係で疎遠になっていた気がする。
 小さいころはよく遊んだ。男にしては弱っちい僕と女にしてはハキハキしたエーコは足して割ったらちょうど良かった。自転車で川に出て、川辺の交通公園で遊んだあとにミナトさんの家に立ち寄るのが好きだった。飼犬のレイは最後まで怖くて苦手だったけど、老いたレイは僕を極力怯えさせないように努めていたのではないかと思う。
 レイが死んだとき、たいして仲良くもなかったのに僕はすこし涙を流した。隣でエーコは堪えていた気がする。
「女の方が強いんだ」ミナトさんがエーコには聞こえないように耳打ちした。何かそれは、褒めているようには聞こなかった。

 中学の卒業式のあと、進学の報告のためにとても久々にミナト家に赴いた。賢いレイがいなくなって静かな家はますます静かだった。古びた居間、革張りのチェアの上に先客が座っていた。黒いクラシックなドレスを着て、古びていく時間を慈しむように青い絵柄の小さなカップでアールグレイを味わっていたのは荻原だった。
 エーコじゃなかった。小学生だったエーコは水色と黒の星柄をまとったカジュアルでポジティブな女子だった。
「荻原」と僕は呼びかけた。そしたら僕もいつの間にか「ナツオ」じゃなくなっていた。
「ホズミん」呼応する声と目鼻立ちのなかに互いのかつての姿を認め合い、黒と紅色で化粧してクラシカルな装いに変身したその人は、半分知っていて半分知らない未知と既知の中間の友達。

 同級生たちの言葉を盗み読みした一方、荻原との仲においてはそういった内面の読解が不足していた。黒い洋装は荻原の意思表明だったけど、明瞭に良し悪しや好き嫌いを断定する言葉ではなく、荻原の視線の方向や包括した主義・領土を対話の空気に染み込ませる、遅効性の主張だった。
 無理解や不自由はない。でももし荻原が日記を公開していたら、どんな短文の簡単な記述であっても毎日読みたいと思った。

 そのころから僕は日記を記述する立場に回りはじめた。日記は、適当な縁で見つけてきた、どこの誰とも知れない一人の同い年らしい女の子に委ねた。彼女に向かって言葉を明け渡し、彼女も僕に言葉を託した。僕は彼女が荻原映呼だったら良いと思っていた。文通を交わし始めた相手がcelestaで、celestaが僕と同郷で、同じ亡霊を捜していたことは全くの偶然だった。
 確かに誰でもよかった。でも選んだ相手はとても良い人だった。今までに感じたことのないくすぐったい喜びが文通のなかにはあって、手紙を読み・書く僕は今日が人生で一番真摯であろうと努める。

 楽しかった。楽しかったけど、さびしさは毎日伴った。はじめはそれを会えない寂しさだと思っていたが、知らない人との文通という行為それ自体のナイーブさがそもそもの理由らしい。ナイーブさに背中を押されて、彼女に宛てて鍵をかけた日記帳にも書けないようなことを吐露した。
 セレスタは幻影で、セレスタに宛てて書いたものをあとで自分で読むことによって自分自身納得するために書いていた。さびしさのなかにそんな意味合いもあったのだと思う。

 

子供の発達って、親に出来事を語って、親に承認されることで、はじめてステップアップするみたいですよ。
出来事を経験する→経験を文章化して人に話す→発話した声を自分で聞く→親の反応がある→反応があってはじめて出来事の意味づけが完成する みたいで。
これ、子供に限らず大人になってもそうなんだと思います。
ネットで近況報告する人も同じなのかなって思ったりします。
自分で言うだけじゃなく、誰かの相づちがほしいんですよね。

 

朝のヒーロー番組を見た子が影響されてとても乱暴な言い回しをしてるのがきらいでした
○○だぜ とか 芝居がかったセリフとか 絶対漫画のなかでしか言わないような大げさな言い回しをしている小さい子を見ると、
誇張された嘘のことばをそういうふうに使っていいのかな と、すごく いやなきもちになりました
女の子もそうで すごくませた言い方と、過剰なボケ・ツッコミ、ドジっこ、○○よ、○○だわ みたいな、キャラが立った言い回しをします
もっと角の立たないリアルな言い回しのお話を子供に見せれば、過剰さにまみれてしまうこともないんでしょうけど、
でもだめなんですよね まだ子供だから、まずわかりやすいものを学んで、ゆっくり慣れてくんですよね
善悪 白黒 はっきりしてないと、子供は未成熟だから、人がヒトという生物になれるまで、成人に20年もかかるから、まだ飲み込めないから、しょうがないんですね

 

誇張されたなかで育ってくんですね。
はじめに白と黒があって、中間のグレーゾーンを20年かけてゆっくり馴染ませていく。
…つっても、高校生にもなってまだ極端なキャラづけから逃れられてないと思いませんか?
やられ役だとか、あいつは「残念」な奴だとか、レッテル貼って、まるで全部のものに役割を与えなきゃ気が済まないみたいですね。
まあ、僕が「やられ役」だから、ひがんでるだけなのかな…
「いじめ」られてはいないんですよ。やめろって言ったらやめてくれるし、心配だってしてくれるし、友達だと思うし、苦痛でもないんだけど、
でも僕がいることや友達が僕にやることの一連が「お約束」になってしまうのが、自分で自分を貶めてる感じがします。

 

でも、キャラが立ってないと輪に入れてもらえなくないですか?
自分でキャラを演じちゃうこと、というか、自分で自分自身の反応や返答を制御しちゃいます
○○さんっぽいとか○○さんらしいとか人に言われて求められるままにふるまってれば、求めた通りのいつもどおりの答えが来ることに、相手も安心するんじゃないかな とも思います
どこまでがキャラでどこまでが性格なんでしょう?

 

わたしはキャラになりきったらそんな迷いも終わると思ってました。中途半端に性格や性質であるところが残っているから、ひとりきりになって誰にも見られていないときでも自分の内省がわざとらしく思えて、まるで不誠実な演技をしているんじゃないかと迷ってしまうのだと思いました。すべての所作が考えるまでもなく自明であれば、パターン通りに過ごせたら、ことはシンプルで、わたしはシンプルで、だからそうあろうとしましたが、ボロが溢れそうです。

 

 いかに自分が安っぽいのか、ぺらぺらな自分に対してわたしが一番うんざりしているとせめて胸を張って言いたいけれど、薄っぺらさに平気な顔して今日も生きていられるということはわたしはそれに甘んじているのです。
 はじめることは簡単です。終わることは難しいです。飛び降りることよりも着地することのほうが難しいのです。

 

 まだ、空を飛んでいる。
 地に足つけず、どこにも腰を下ろさず、何も了解していない未分の状態にいる。
 どこにもいたくない
 どこにもいないでいい
 どこにもいない。
 すすんでバグに成り果てればスクリプトはわたしを離れるでしょう? ルールを守る気なんてないから、庇護を破ることが自由と同義であるなら、ほっといてください。どこにもいない。

 

 だからバグという意味で虫の名前なのかと思っていました。

「いや、テキトーな名前しかないよ。呼ばれているのがおれだと分かればいいんだから、場所が変わればニックネームも変わる」
『まえは別の名前だったの?』
「何度か変わった」
『もっと、ずーっと前はなにをしていたの』
「ネタバレになるよ」

 苦々しく言ったのかなんでもないふうに言ったのか真意はわからず、でもわたしにはこれ以上のことは語られないというのは確かです。

『どうやったらおしえてくれますか』
「セレスタ。これは等価交換じゃない。誰にとっても異質なんだ」
『わたしのこと知りたくないですか。わたしの、なまえ、こえ、ほんとのこと』
「きみは切り売りされない」

 なにかが私の頬に触れて、耳に触れて、髪の毛に触れました。
 それは男の手で、骨と筋が目立つ乾いた手でした。冷たくも温かくもなく、人の手というよりも、空気が人の形に集まって出来たようでした。

「おれはきみを買わない。きみはひとりだ。きみは減らない。そういうことを、ここまで綴ってきたんだ」

 力強くも、悲しそうに聞こえたのでした。

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(revision 2017.09.01)

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