これは物語ではない

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 状況は良くありません。とっても嫌な予感しかしません。交番に駆けこむのが一番安全だと思うのですが、こんな夜遅くに一人でいることを咎められるのは面倒です。私服だったら、まだ問題は少ないでしょうが、私は今制服です。この制服自体は学校指定の制服ではありません。けれど、学生である事を知られたり、学校に知られるのはやっぱり嫌です。という訳で私は夜道を、何とか巻けないものかと小走りしているのですが……。

 気配からして、駅前からのトレンチコートの男性は、まだ私の後を付けています。コートの下にズボンを穿いていません。恐らくその下も。夜はまだ冷えるのに、よくやるなと感心しますが、現在私は当事者ですので、悠長な事は言っていられません。おまけに私には行かなければならない所があります。

 今晩、ある人と待ち合わせをしています。ただし正式な待ち合わせではなくネット上での口約束だから、行っても誰も居ないかもしれない。不安定な約束。いないが九割、もしかしたらが一割。
 そして待ち合わせた相手が善人であるかも分からない。ひどい悪人かもしれない。何せ「悪霊」を名乗っているのだから。待ち合わせの場所、公園に行ったら、私は悪霊に殺されるのでしょうか。取り憑かれて頭がおかしくなるのでしょうか。死ぬのはまだ嫌だけど、なぜだか、それでもいいかなと思います。殺されるなら珍しい方法で殺されたい。霊に殺されるのならちょっぴり面白い。

 悪霊の存在を信じつつも、私は悪霊を信じていないのでした。どうせ全部デマで、公園へ行っても誰もいないだろう事を、私は知っています。だから悪霊に殺されるなんてありえない。ありえないから、どこか期待しているんです。99%以上の安心と1%未満の最悪が欲しい。

 いつの間にか私は夜道を走っていました。前方にぽつんと灯りが見えます。人気も遊具も無い、さびしい公園。あの公園です。
 私は真ん中にある、たった一本だけの街灯の下に立ちました。この公園の灯りは、これと、自動販売機と、トイレしかありません。四方は木に囲まれ薄暗い雰囲気です。悪霊の噂が立つのもおかしくないような陰気臭さ。いや、噂ではありません。私が今から彼に会えば、噂では無くなるから……そんな、わずかすぎる期待。走ったせいで息が切れて、頭が少しぐらぐらします。そういえば、あの男が居ません。

「celestaちゃん?」

 突然、後ろから呼ばれました。男の人の声。振り返って、愕然としました。

 だって、居たのは、さっきの男だから。

「驚いた? ボクが“悪霊”だよ。本当に来てくれるとは思わなかった。celestaちゃん」

 嘘だ。じゃあどうして、さっきまでストーキングしてたんですか。

「ボクがホンモノの“悪霊”だよ。驚いて声も出ない?」

 違う。絶対に違うのに、何でそんな嘘をつくの?

「どうしたの、せっかくcelestaちゃんが会いたいって言うから来たんだよ? それとも今更怖気づいたの? それは無いよね?」

 男は、片手でコートのボタンを外しながら、じりじりと迫ってくる。

「そうだよ。こんな夜遅くに、女の子が一人で人気の無い所へ来ちゃったんだから。この意味分かるよね? celestaちゃんの自業自得だよ?」

 逃げたい。逃げたいのに、怖くて足が動かない。
 男は目の前に立ちはだかっています。下半身は、見ない。嫌だ。気持ち悪い。

「悪霊って、つまり悪人だよ? 無事におうちに帰れるとでも思ってたの? オレは、楽しみに、してたんだからさあ……」

 嫌だ。違う。嫌だよ。だってこの人、ただの人間だよ。こんな簡単な可能性に、こんな、ただの変態とだなんて、嫌だ。こんな可能性に従うのは嫌。
 軽率だった自分に嫌気が差します。世の中はバラ色じゃなくても、緑か紫色くらいで、可も不可も丁度いいと思っていたのに。肝心な時でさえ声の出ない自分も嫌いです。
 そして、この期に及んで、私は誰かの助けを信じている。夢を見すぎている私がいます。――

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