これは物語ではない

3

 そろそろ宴を止め少女を家に帰さなければと帆来くんが思った頃には、深夜一時を回っていた。また彼女が暴漢に襲われぬよう、帆来くんは家まで送って行く事を申し出た。

「お前じゃなくて、おれが行ってもいいんだぜ?」

 とザムザは反発したが、帆来くんは率直かつ丁重に断った。

「貴方の護衛は事後処理しか出来ないでしょう。襲撃があってからしか撃退が適わない。ならば初めから複数であることを顕示し、襲撃そのものの確率を減らすのが得策です。そもそも貴方は暴力的すぎる」
「いいや、お前は現場を全っ然分かっちゃあいない。本物の暴漢なんて取り巻きに男一人居る位じゃあ気にも留めない。大体お前みたいなヒョロヒョロじゃあ、さっきの露出狂にも勝てないだろうに!」

 こうして互いに何かの火が付き、何を何だとと舌戦は止む気配を見せない。酒が回ると双方饒舌になるのであった。暫く見ていたセレスタも、この押し問答に嫌気が差し、紙にでかでか
『両 方 !』
と書き、間に割り入った。初めからどっちでも良かったセレスタは、呆れた目付きで双方を眺める(眺めるとか見るという語に語弊があるのはもちろん承知している。しかしここでは一つの比喩として読んで頂きたい。というよりもザムザはかなり騒がしい性格の為、彼が何処に居るのか何となくに分かるのだった。話を戻そう)。喋らない代わりに、彼女はなかなか表情に富んでいた。結局二人共が送りの従者となった。

 着いたのは徒歩十分、オートロック式マンションだった。ガラス戸の自動二重扉がセキュリティを物語っている。

「セレスタ……お前、一人暮らしでこれは無いだろ……」

 呆気にとられザムザが呟く。自動扉の前でセレスタは、別れの意を込め、一礼した。そして扉が閉まる。そこを
「ちょっと、待って下さい」
 と帆来くんが引き留めた。

「お前さては、善良な顔して送り狼か!?」
「言いがかりは止めて下さい」

 帆来くんはあくまでも淡々と語った。
「ここ、僕の家です」
「――何!?」

 二重扉の内側の壁に、階層ごとの住民の名字が掲示されている。そこには確かに“404 帆来”とある。背伸びしてセレスタも指を差す。三階の一室、帆来くんの真下であるが表札は無かった。防犯のために名前を出さない部屋は他にもある。
「お前ら顔見知り?」とザムザが尋ねたのを、セレスタも帆来くんも否定した。
「帰宅時間が違いますから会う機会が無かったのでしょう」
 答える帆来くんにセレスタも頷く。そうして二人はナンバーロックを開け建物の中へ、入っていくのにザムザも同行した。彼がスルメをつまんでいるから分かったのだが。

「……何で付いて来てるんですか」
「君は野宿の凄惨さを知らないだろう」
「知らないままで在りたいものです」
「あそこの公衆トイレは雨は防げても、風に弱いって知ってるか?」

 帆来くんは無視を決めこみエレベーターに乗り込んだ。セレスタが入ると直ぐに閉ボタンを押す、しかし、スルメイカを持った透明人間もエレベーターに滑り込んだ。スルメを持っていなければ絶対に分からない。透明人間は侵入のプロであった。帆来くんは掛ける言葉も浮かばなかった。

「君ん家、広さどれ位?」
 ザムザが尋ねるとセレスタは指で三を作った。全部屋3LDKカウンターキッチン付き。
「それで君達、一人暮らしだろ?」
 住人二人は頷く。
「帆来くんも恋人なし妻子なしだろ?」
 返答が面倒になった帆来くんは適当に頷くだけにした。
「……そういうの、ズルくね?」
「貴方こそ、厚かましいと思いませんか?」

 また舌戦が始まろうかとした時、エレベーターは四階に到着した。セレスタがぴょこんと飛び降りる。

 ――セレスタさん、貴女の家は三階でしょう。

 セレスタは帆来くんの目線に気付くと、チッチッチッと指を振った。彼女もまた上がり込む魂胆でいた。そうして家主より先に、少女と透明人間は玄関をくぐった。

「何で帆来くん家ベッドとカウチソファー両方あるんだよ!?」
『金持ちー』
 客人二人は身振り手振りではしゃぎ回った。セレスタはベッドに寝そべり携帯電話をいじり、掲示板用の文章を書いていた。帆来くんもそれに付き合う。
 一方ザムザは冷蔵庫を物色し、「何にも無えじゃん!」と文句を付けた。しかし帆来くんに黙殺され、ふてくされてスルメイカを全部食べた。

 気付けばベッドはいつの間にかセレスタに占領され、カウチには透明人間が眠りこけていた(どこからか、毛布まで持って来ている)。家主は自身の人の好さを呪いながら、仕方なしに床に寝た。翌日彼は腰を痛めた。

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