She Sells Sea Shells by the Seashore

合間合間に訪ねてくるSheは僕の家の本を読んだりCDを聴きながら何でもなくくつろいでいた。
棚から溢れた積みCDを入れ替え組み換えして再生し、自分の順番に書き替えたらしい。
僕の方は最近エッセイとかレビューとか書き物の仕事が増えてきて、スタジオ入りのない日は家でパソコンを広げていた。
書き物をしながらうたが現れるのを待っていた。
考えあぐねてもうたは生まれないもので、僕は釣り糸を垂らして待つしかないのである。
僕は真面目だ。毎日釣り糸を垂らしている。そうは見えなくても僕はちゃんとやっている。
僕は迎えにいくよりも待つ方が性に合っている。

部屋の隅でじっとしていたSheがふと立ち上がり窓を開けた。
舞い込む風。

「花粉症?」
「いや」

窓枠に半分またがり煙草に火をつける。
ほっそりした腕と脚は大人のものではないが、ずいぶんと慣れた様子。
ここで吸うのもこれがはじめてではない。
嫌煙家なわけでもないから咎めない。ただ僕は喉を痛めたくないから控えている。
昼下がりの逆光の窓で吹いた煙が空気に立ち消える。
僕の、少し歪んだ指先が風になびく髪をすく。光に透き徹る。

「君は空気に薄れてしまいそうだ」

吹きつける息に沈着する色素。合成化合物の甘い匂い。日を追う毎に消えていきそうな君。
淡い色。
君はどう思う?

「だから、わたしのことが好き?」

「まさか」

本作は2013年に初版を発行した特殊装丁の小さな冊子『She Sells Sea Shells by the Seashore』をWeb用に再編したものです。
『She Sells~』はランダムな15枚の紙片から成る作品です。
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