扉を開けると知らない少女が煙草を吸っていた玄関先。
扉の方に背を向け手すりにひじをつき狭い青空をながめていた。
指ではじかれた灰がぱらぱらと階下へ舞い落ちるのを目撃した。
扉の音で少女は僕に気付いていた。ギターケースを見て尋ねた。怪訝そうに。
「ミュージシャン?」
そうだと僕は頷いた。「きみは?」煙の吐息。「そういうのじゃない」。落下する灰は空中分解したらしい。
エンジェルフォールもそんなんじゃなかったか。僕は、少女がこのマンションの住人ではないことを悟る。
「高い所を見に来たんだ?」
「そう」
「見晴らしは悪いけどね」
「これ以上もこれ以下もないでしょ」
「展望台は」
「あんなの」紫煙。「何も見てないのと一緒」
「電車の方がマシかもしれない。展望台とかよりは見えてる。……生活が」
「一本いる?」
「いや、喉に悪い。ありがと」
「喋り込んでいていいの。ギター弾きに行くんでしょ。遅刻じゃない?」
「そうだね、遅刻だ。あと僕はベーシスト」
舞い落ちる灰。
「灰皿買ってこようか?」
「いらない」
「大気中に君をまき散らしているんだ」
「何それ、詩人?」
「まあ、僕が歌詞を書いてる」
「バンドマン」
「そう」
確かに、時刻が危うい。施錠を確かめ階段を降りる。
地上から見上げると少女は二本目に火をつけた。手を振った。
本作は2013年に初版を発行した特殊装丁の小さな冊子『She Sells Sea Shells by the Seashore』をWeb用に再編したものです。
『She Sells~』はランダムな15枚の紙片から成る作品です。
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