She Sells Sea Shells by the Seashore

床を埋め尽くす大量の書籍とCDの山。順番も無く方向もなく、ただ積みあげられるもの。
ぬるい風がそよぎカーテンをゆらす。さざ波のようにふくらんでは引き返す空気の呼吸。
毎日じりじりと暑さを増す陽気。長い雨の季節が過ぎたらもう夏が来る。
隣の家、隣の建物に遮られるこの部屋はいつでも日陰。
ローテーブルに置いたノートパソコンに向き合ってまとまらない思考をなんとか文字列にしようとあれこれ手を動かしているものの、たびたび手が止まり、喉も渇いてきた。

「行き詰まった?」「喉渇いた」「歌詞書いてんの?」「ちがう、小説」「なにそれ」

笑う。「いろんなことをしなきゃいけないんだ」近くのコンビニに行くことにした。
「でも、誰だってそうだよ」スニーカーはいて、鍵かけて、外階段を下る。「みんな通って来た道なんだ」

外は晴れ。昼の街。女。男。行ったり来たりを繰り返す。
踊り場に立ち止まり見下ろす。街がくっきりと影を落とす。

「高い所から見てると、」Sheが言う。
「無になれるの。見ているだけのものになれる。空気とか、アンテナみたいな。
上から見つめるものになりたい。上から見ているだけでいい。ずっと眺めてたい。
わたしはそういうものでいい」
「でも、もっと高いところから見ている人もいるよ」
「いいよ。空を見上げる人だっているでしょう」

…… だから、消えてもいいの。消えてしまいたいの。

薄い輪郭が街を見つめる。鼻先からほどけていく。

「なんで暗くなってんのさ」
「暗いの、そっちでしょ」

引きこもり! 捨て台詞のこして階段を駆け降りる。

…… でもねえ、それは、さびしいもんだと、思うよ。

本作は2013年に初版を発行した特殊装丁の小さな冊子『She Sells Sea Shells by the Seashore』をWeb用に再編したものです。
『She Sells~』はランダムな15枚の紙片から成る作品です。
画像をクリック(タップ)またはこのページを更新するたびに、ランダムに1枚の紙片が再生されます。

‹‹ 前のページに戻る

PAGE TOP