リビングの床にまばらに横たわる8人の僕は既に息を引き取っている。苦痛も感じない安らかな死に顔は、傍目には眠っているようにしか見えない。僕の存続の為に自死を選んだ僕の亡骸が、1、2、3、4、5、6、7、8。確かにこれは僕の絞殺死体だった。
「終わらせたんだね」
いつの間に隣にザムザが立っていたらしい。
存続してしまった僕はただ頷くことしか出来ない。もう僕が僕達の声を聞くことは叶わない。
「でも平和的だった。そうだろう?」
「そう、でしょうか」
正しい答えは無い。質問それ自体が歪んでいるものに正しい答えなど存在しない。
目を閉じる8人の僕のうち、ザムザが一人をかつぎあげた。身体が浮かび上がったから分かる。それは幽霊的に無重力な動線を描くから、やはり彼らは死んでしまったのだと悟る。
「あとはおれがやっとくよ。お前は寝てな。朝までにはまだ時間はあるから。とても疲れているんだろう?」
「でも」僕の問題に貴方まで煩わせたくない。
「いいって。別にお前が8人居たって大したことは無いんだからさ」
そして彼は少しの間をおいて、
「さっき片付けた14人に比べれば、よっぽど楽でいい」
14人?
「どっちが性格悪いか考えてごらん。公正な手段で解決させた君達は偉大だ」
そう言い残して、彼は遺体の運搬作業に徹してしまった。なにか、言葉を掛けたかったが、僕には殆ど思い浮かばなかった。
「ありがとうございます」
……。
「おやすみなさい」
彼と、8人の僕の為に。
そして今度はきちんとベッドで眠りに就く、僕。
* * *
いつもの時刻にアラームが鳴り、ベッドの上で目覚め、カーテンを開け、服を着替える。自室のドアを開け居間に向かうとテーブルには既に朝食が並んでいる。
『おはよう』と指定席に座るセレスタが笑う。
「おはようございます」僕が答える。顔を洗って髪を整える。鏡で確認する、僕の姿。
「今日はちゃちゃっと食べられるように手際よくおにぎりにしてみました」とザムザの声。
『いえ~い』
「具材は鮭とツナマヨと梅干しです。どれがどれかは知りません。忘れちゃいました。いえ~い」
『いえ~い』
「いただきましょう」
いただきます。
手に取り掛けて、引っかかりを思い出す。
あれは夢だったのだろうか?
彼らはどこへ行ったのだろう?
「ザムザ君、これは本当に鮭とツナマヨと梅干しですか」
「やだなあ疑り深いね帆来くん。このツナはマグロじゃなくてカツオを使ったちょっとお安い缶詰だけど品質には大差ないから安心をし」
「そうじゃなくて」
「ほかに何があるんだい?」
僕は口をつぐんで一口食べる。鮭だった。
「ザムザ君」
「今度は何だよ帆来くん」
「僕はおにぎりの海苔はパリッとしている方が好きなので今後は海苔を後付けにして頂けませんか」
「めんどくさっ」
『パリッと』
「セレスタも? 面倒臭いんだよ急いでる時はさぁ」
朝食を食べ終えても朝の支度は慌ただしく続く。もう少し寝ていたいと強く思うけど、僕は生きる方の僕を選んでしまったから眠れない。夕方には帰りたいと、まだ外出もしていないのに帰宅を思い浮かべている。どうせ今日という日も慌ただしく終わるのだろう。
セレスタと共に玄関に立つとザムザに呼び止められる。白い不透明のビニール袋が浮かんでいる。
「ゴミの日」
とザムザは言う。僕は手を出せない。ゴミ袋が宙に揺れる。
「プラスチックゴミの日だよ。軽いし、これだけだから持ってって」
半ば強引に押しつけられて受け取ると本当にプラゴミらしく軽かった。想像できる物が入るような重量は無い。
「心配することは無いよ」
僕ではない彼の声が語る。
「お前のことはおれに任せといていいから、君は安心して学校に行きなさい」
呆然としていると、半ば蹴り出されるような形で外に出され、
「いってらっしゃい!」
見えない男が見送りし、行ってきますと僕とセレスタは手を振る。
今日も僕は駅まで彼女と歩く。