これは物語ではない

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「駄目らしいな」予想を裏切らないことへの落胆を込めて僕が呟く。
「全員、寸分違わずコピーされているのだから、これはオリジナルまで自分がコピーだと思っているのだろう」
「僕自身も一応含めて、全員が、自分がオリジナルである可能性を持つにも関わらず、自分がコピーだと確信している」
 わざわざ注を加えている辺りこの僕も偽物論者である。
 これを機に全員自殺すれば良いのではないかという考えがよぎるけれどもそれでは解決にならないと否定する。1が9に増えたのを戻す為に必要な式は9-8のみだ。9-9=0では新しい問題で上塗りしただけに過ぎず、それは9人分の葬儀という1人の自殺よりも厄介な事態を産み落とす羽目になる。
 この状況を写真に撮って塔子さんにでも送りつけてみようかと、面白くもない空想を全員が思い付き、馬鹿らしいと思って全員が発言を憚っている。
 現在が悪夢であることも心の底から願っているが、ひと眠りして6時に目覚めた時に状況が変わっていないことを考えるととても恐ろしい。万が一悪夢でなかった時の為に、今のうちに片付けておきたい。睡眠時間確保の為にもとっとと片付けてとっとと寝たい。
 コピーの僕はとっとと永眠したい。

「まるで平行線を辿っている訳だけど」
「いっそ死にたいとか思っている訳だけど」
「大学教授に奴隷として2、3人プレゼントしようかなど考えている訳だけど」
「無理矢理にでもオリジナルを決めるしかない」
「決めようがない、寸分違わす同一なのだから」
「全くだ」
「眠い」
「非常に眠い」

 眠い。進展しない会話も相手の眠そうな声も眠い。増殖の解決よりも眠気の解決に論点がすり替わり始めている。
 投げやりになる僕×9はとうとう一番投げやりな方法に手を伸ばす。言い出したのは、僕だった。

「クジ」

 そう言って僕は立ち上がり、コピー用紙を一枚引き抜いて短冊を9枚作り、うち1枚だけに印をつける。それらをすべて折り畳んで不透明の袋の中に入れる。軽く振って中身を攪拌する。

「一枚だけ丸印が入っている。それを引いた奴が残ろう」

 これはロシアンルーレットなのに、その場に居る者全員が簡単に頷く。
 僕は袋の口を開いて8人の僕を回る。それらの僕は無表情に手を突っ込み小さな紙片を抜き取った。テーブル席からソファへ渡り、最後の紙は僕が貰った。
 全員の手に渡ったことを目配せして僕はクジを開封する。

「はずれだ」

 僕も、はずれだった。

「当たりは?」

 どこかのはずれの僕が尋ねる。ソファの一番右端に座る、僕の前に最後にクジをひいた僕が、言葉の代わりにため息で応答した。僕らの間ではそれで通じた。

「そうか」

 と、はずれの誰かが呟いたのは、心からのおめでとうのつもりなのである。

 僕はクジを作るわずかな作業時間中、当たりを引くのはどうせ僕だろうと、根拠のない淡い確信を抱いていた。クジを配る間もそうだった。どうせ言い出しっぺの法則である、と、滑稽な結末を確信していた。他の僕も“ソファの中央の僕”が本物だろうと思い始めていたのだろう。クジを作るというわずかな作業が僕を特殊化すると考えていたし、クジを思い立ったあの瞬間に、実は僕が僕だったのではないかと僕は頭の片隅でわずかに頷いていた。
 でも、最後に突きつけられた判決は違った。やっぱりなあ、と頭の片隅では無い部分が頷く。

 僕らは僕の持つ袋にクジを捨てた。本物となった僕も立ち上がり僕に歩み寄った。

「記念に持っていればいい」

 僕は考えるよりも早くその一言を投げかけた。
 本物の僕は頭を振った。

「ゴミには変わらないよ」

 うなだれながら彼は当たりクジを捨てた。
 僕らはそれを見つめていた。
 とても未練がましいと思う。生きろと言われたら幾らでも死にたくなるのに、いざ死の宣告を受けると躊躇いを覚えるのだった。
 どうせ偽物の僕なのに。
 自分が偽物であるという判決を出したクジを作ったのは他ならぬ僕だった。筈だ。

 ゴミ袋を縛り上げる僕を余所に7人は死に方を考えた。

「出血するのは片付けに困る」
「薬か、首吊りだろうか」
「8人分の薬は足りないだろう」
「ネクタイで首を縛れないか」
「練炭でもあれば楽なのだろうけど」
「互いに、首を絞めあえないか」
「僕らの遺体はどこへ遣ろう」

 結局絞殺に決めた僕達は、遺体は様子を見て処分していくように、オリジナルの彼に願った。

「結果的に、面倒を押しつけてしまった」
「いい。気にしていない」

 彼は目を伏せ、ごめんなさいとわずかに呟いた。

「どうして謝るんだ」

 僕らは驚いた。でも心のどこかでは、当然の結末だと知っていた。

「僕が当たりを引いてしまったから、貴方達が死ななければならない」
「そんな事はない。僕が誰であろうともこうなるのを願っていた筈だ」
「僕のせいだ」
「貴方のせいじゃない」
「違う、僕のせいだ」

 確かにそうだ。しかし僕のせいでもある。クジを作った僕のせいでクジを引いた僕のせい。そして詰まるところ9分の1の確率のせいだ。およそ88.9%の確率で僕は死ぬ。残りの確率で彼が生きるだけだった。

「それじゃあ」
「お元気で」

 互いに手を掛け始めた。新しいシャツに袖を通すような改まる心地だった。決意をして、判決には上告もしたくなったけど、この決意は一審制で上告する場所は無かった。原告も被告も司直も傍聴者も僕だった。そして最期を迎え、僕はどこか安らかな心で彼の為にゴミ箱へ向かう。
 日が昇ったら朝食を食べて研究室に出向き、これからも皆に認識され続ける貴方に、この心情を伝えられないのが僕は悲しい。昨日まで存続していたものが今日から永遠に無くなると突きつけられる感覚を、実は心のどこかで希っていた筈のこの感情を、貴方に伝えきれないのが悲しい。貴方は今日を存続するのだから。
 見渡せばそこはとても滑稽だった。8人の僕が自殺を図る様を、9人目の僕が傍観している。

 あの、と、誰かが問いかけた。

「自分相手だと、敬語じゃないんですね」

 それは紛れもなく僕の声だった。

「……そうですね」

 それも紛れもなく僕だった。
 最期ぐらい笑えないものかと企てたがどうしても出来なそうだった。やはり、僕は僕だったらしい。
 向かい合う僕のひ弱な頸部に手を掛けて、ひ弱な腕に力を込めた。鏡のように僕に力を返す僕の姿。殺すのも殺されるのも紛れもなく僕だった。

 そして視界が眩み。
 さようなら。
 僕。

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