これは物語ではない

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 放課後、教室に二人の生徒が残っている。教室掃除の班だった。本来はもっと人数がいるはずなのだが、みんな部活やバイトで散ってしまい、結局ここには男子一人と女子一人。

「マジだるい」

 女子生徒が箒を手に嘆いた。つやのある黒髪の短髪だが、髪型は左右非対象でエキセントリックな印象を受ける。性格もさばさばとした方で、“よくある”女子高生とは一線を画していた。

「なんでホズミしかいないんだよ」

と言われ、黒板清掃をしていた男子は顔をしかめた。

「荻原に言われたくねえよ」
「あたしだってホズミに言われたくないし」
「つーか、荻原仕事しろ」
「やってる」

 荻原というその女子高生は大げさなため息をついた。ピロティからチア部の練習が聴こえてくる。彼らは二人とも帰宅部だったが、

「あたしだって帰宅部インターハイに向けて頑張んなきゃいけないのに」
「……はぁ?」
「いかに帰宅路を有意義に寄り道しながら帰るか。帰宅部の活動。今日は活動日だからとっとと寄り道したい」

 二人とも雑な割に手は遅かった。すこし蒸し暑い教室で、残された二人はぼやいていた。

「青木先生、筆圧強くて、蛍光チョークが消えないんだが」
「ほんと青木さんの筆圧何とかしてくれないかなあ。授業中もチョークめっちゃ折れてるし。板書雑だし。
 あーあ糸川先生ならこんなことなんないのに」
「荻原、まだ糸川先生好きなのか」
「あたし糸川先生の嫁になるから」

 荻原は窓を開けはなって風をあびた。制服のスカートが空気をはらんでふくれた。カーテンがゆるやかなリズムの深呼吸を打っている。同じく開いた教室のドアへ、室内を循環して吹き抜けてゆく。そろそろ毎日暑くなってきたから、この風は心地よい。

「糸川先生超かっこいいじゃん。ロマンスグレー、紳士! って感じ」
「でもそれつまりオッサンじゃん」
「オジサマです」
「はいはい」

 ホズミは荻原の趣味をかいま見た。分かるけど、分からないな、と苦笑した。ホズミの知る限りでは、荻原の嗜好は変化していない。年上趣味なのである。
 そうそう、と荻原が切り出した。

「読書課題やった?」
「ああ、一応、昨日に読み終わった」
「本当?」

 荻原の一言にホズミはどこかぎくりとした。

「あたしまだ読んでないから」
「まじで? やばくね」
「だから今日はやく帰宅部してブックオフ寄って買おうと思ってたから、正直掃除とかしてる暇ない。あたし最初図書室で借りようって思ってたんだけど、全部貸し出し中だったし」
「そりゃみんな借りて済ますよ」
「ブックオフにも無かったらどうしよう。だからホズミ、読み終わってるなら貸してよ」

 彼の嫌な予感は的中した。やっぱり、とも思った。荻原は訝しんだ。

「もしかして、貸したくない」
「いや、そうじゃないけど」
「あたし自分の持ち物はきたないけど、他人の物は絶対汚さないよ」

 それは真実だった。ホズミは頷いた。

「イヤ、読み終わったんだけど……」
「まだ書いてない?」

 ホズミは言い渋る。しかし荻原の追求からは逃れられそうにないし、特別自分に負い目がある訳でもない。彼は、もういいや、と呟いた。

「……本をなくした」
「……はあーっ?」

 荻原の視線が刺さった。やっぱり、そういう反応だよ。ホズミは何かを諦める心地だった。どうにでもなれとも思っている。

「家の中で?」
「……外」
「なんで?」
「外で読んでたら、たぶん置いてきたっぽい」
「なんで外で読むの?」
「……読みたかったから?」
「いつ?」
「日曜の、朝。五時ぐらい」
「なんで?」
「……読みたかったから?」

 荻原は突如として黙りこみ、箒をロッカーに戻すと、つかつかとホズミの方へ歩み寄った。
 笑ってるのか怒ってるのか無表情なのか、ホズミは荻原を形容出来なかった。

「ホズミってさ」

 真面目なのか冗談なのかも分からない。

「……ロマンチストでしょ?」

 そう言われると笑うことも怒ることも恥じることも出来なかった。いったい荻原はどういう顔をしているのだろう。いったい自分は荻原にどう見えているのだろう。ホズミは
「……知ってる」
と、力なくぐにゃぐにゃに頷いた。
 はじめて荻原は笑った。吹き出すようだった。晴れやかでもあった。

「変わんないよなー。ホズミんのロマンチスト」
「荻原だって、年上好きとか変わんないだろ。おまえ、ミナトさんに初恋……」
「ちょ、うるさいっ! ホズミだって中一の時占星術にはまって……」
「ばっ馬鹿やめろ! そうだよロマンチストだよどうせ!」
「知ってるし!」

 言い争いが結局楽しいことを彼らは分かっている。

「……ホズミ、まだオカルトやってんの?」
「まだやってるよ、全然」
「今は何やってる?」
「……幽霊、調べてる」
「ふうん」
「でも、荻原、幽霊信じてないだろ」
「あたし科学的なので」
「そうか?」
「ねえ、もうそろそろ帰らない? あたしはブックオフ行くし、ホズミんも、本探すんでしょ」

 いつの間にか荻原は鞄をまとめていた。ホズミも黒板消しを置いた。
 帰るか、とホズミは鞄を背負った。黒板にはチョークの残り粉でまだ白くくすんだ所がある。サボりと妥協の結果だった。よく見れば壁際にほこりの吹き溜まりがある。教室の清掃は中途半端に終わった。掃除係二人は、久しぶりにC駅までの帰路をともにした。

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