これは物語ではない

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マリィ

 交通事故で死んだという。
 何度目かの読書。この本の作者は不慮の事故で死んだ。

 ページをめくる彼。
 川辺の冷たい風に吹かれて、微かな陽光の中、なまぬるい都市の空気を吸い込みながら、私達は揃ってベンチに座した。
 昼下がり。通りのスタバで買って来たホットのカフェオレを彼に手渡すと、彼は一瞥し小さく礼した。吐息で冷ましながら一口飲んだ。店内が満席の上、テラスまで詰まっていたから、私達はこの川辺にまで追いやられたのだった。
 彼は本を閉じ、脇に置いた。私が手を伸ばすと、彼は向きをこちらにそろえて渡した。慇懃だと思う。そういう動作が滲み付いているのだろう。

「寒い」

 なんて口に出してみても全く意味はない。何を言おうと寒いものは寒い。金色の陽光が水面に反射する。水面は濁って水銀のようにギラギラしている。腥いかおりが鼻を漂う。カフェオレを冷ます為の吐息がため息に似ている。

 川辺、整備された遊歩道となっているこの近辺。散歩する犬が私達の前を横切る。下校の学生や、散策中の老人や。ひとびとを眺めて私は地元民面してカフェオレを飲んでいる。カモメが飛んでいる。対岸へ渡すトラス橋の上に数羽がとまった。

「河口に近いんだね」

 彼は目を上げる。カモメを見た。ベンチを立ち、川辺まで歩み寄る。過去の護岸工事のせいでコンクリートがための河川だ。手すりに身を預け、じっと水面を見る。何が見えると言うのか、私は知らない。
 何も共有できない。この前提が私達の最初の取り決めだった。例えば、私が彼をどう思うか、彼が私をどう思うか。それを互いに知ることは出来ないと、最初に確認したのだった。
 それでも友達になろうと私は言った。
 知れないから知りたくて、せめて知りたがったのだろう。
 幼い取り決めはもうすぐ二十年経つ今でも続いている。

 頑なに黒しか着ない後ろ姿に私は声を掛ける。ねえ。

「カミュ、好きなの?」

 振り返る。少し気だるそうだった。

「カミュ、というより、それが」

 短い処女作は、海と太陽と死をメタファーにしたらしい男の話だった。
 似ているとは思いたくなかった。主人公は一人で死んでしまうのだ。のこした女性に意味や理由を知らせぬまま。

 私も彼のことを何も知らない。

 

– 即興小説 お題「不幸な車」/ 必須要素「小説」

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