人食いと李徴
男2登場。スーツに七三というクソ真面目な出で立ちの青年。背筋はすくと伸び足は長く身なりも良いが、人を食ったような無表情(もちろん青年は食人愛好者ではない。小馬鹿にする態度を人を食ったというのは何だかおそろしい言い回しだ)。帰路の途中、歩いていた所、公園から何者かの声を聴く。切れ切れに聴こえたことには、
「不毛だ……」
「外見?」
「いいや、そんなことは……」
「……壁を、壊す」
物騒だ。関わるべきではない。
男2は振り返り別の道を歩もうとする。しかし、
「誰か、居ねえのか?」
と言う声に足を止める。
(気付かれている?)
反射的に、「はい」と返事をしてしまう。男2、後悔。
声(男1)「え、マジで?」
向こうも実は気付いていなかった。さらに後悔する男2。結局公園内へ入り、街灯の真下に立つ。影がくっきりと足元に落ちる。
たしかに公園からは声が聴こえた。しかし今、公園には誰も居ない。
男1「ああ良かった。てっきり誰にも会えないかと思っていたんだ。おれはお前のことちゃんと見えるけど、前に会ったことは無いよな……お前は、おれのこと、見える?」
男2「……はあ?」
男2、硬直。……誰も居ないのに聴こえる声。
男2「……お尋ねしますが、貴方はどこに居るのですか」
男1「君の真ん前」
男2絶句。
男2「ご冗談でしょう?」
男1「そうかぁ、やっぱり見えないかあ。だよなぁ。ああ期待しなきゃよかった」
男2「からかっているんですか?」
男1「そんなことはない」
男2「では何と」
男1「おれのことが見えるかなあって思ったんだよ」
沈黙。
男2「僕は暇じゃないんです。下らない悪戯なら止めて頂きたい」
男1「イタズラ? イタズラじゃあない。おれは本当に純粋に誰か居ないものかと庶幾(こいねが)ったただそれだけだ。そうしたら君が現れた」
男2「そうです、貴方が誰か居ないかと言ったから僕はここに来ました。ですが貴方本人は現れていない」
男1「現れている」
男2「何処に」
男1「ここに!」
男1、あまりに悲痛に悲劇的に悲嘆する。劇的すぎてうさん臭い。
男1「信じられないだろうが聞いてくれ。おれはどうやら、人に姿が見えぬ身なんだ。姿が見えないから意思疎通もままならず、職もなければ知人もいない。仕方なくこの公園に潜み隠れていたが、なぜだか悪霊と誤解され、先日祈祷師まで呼ばれ、ハズカシイあだ名まで付けられた。悪霊扱いのお陰で人はますます寄りつかない。
それでもおれは、悪霊でなければ下らないイタズラでも無い。おれは生きた人間だ。身体もあるし、服も着てるし……全部、人には見えないだけで。――」
男1「――おれは、透明人間だ」
男2「……透明人間?」
男1「透、明、人、間」
二人、全くの沈黙。かすかに時計の秒針の音。どこかで車のブレーキの音。男2は立ち尽くしたまま、何も言わない。男1、ハアとため息。
男1「……信じねえよなあ……おれだって信じられないよ」
男1、自動販売機で缶のポタージュスープを買う。
男2はそれを凝視する。
缶が、どう見ても宙に浮いている。
男1は(透明な手で)缶を開け飲む。男2はまじまじと観察。男1、ため息まじりに
男1「……多分、缶だけ見えてると思う」
男2頷く。
男2「……手品ではないでしょうね」
男1「当たり前だよ、調べてもいい。……疑り深いな君は」
男2、缶の周囲をくまなく探る。一通り終えた後、腕組みし考える。男1、飲み終えた缶をゴミ箱へ投げ捨てる。
男2「……それで、僕はどうすれば良いですか」
男1も困り果てる。
男1「……呑む?」
見遣ると公園の一角に、山のようなビール缶。
男1「冷えてないけどよ」
男2「いいえ今は結構です。でもこれは、何処から?」
男1「ミツギモノだよ、悪霊への。全く、奴等、極端すぎる」
ぼやく男1。男2はビール缶の山を眺めていたが、ふとその方向に歩いて行き、
男2「……うちで冷やしましょうか?」
男1「マジで?」
男2「それ位なら出来ます」
缶を数本手に取り鞄に詰め込む。
男1「お前、もしかして良い奴?」
男2答えない。荷物を持ち、
男2「ではまた明日、同じ時刻に伺います」
帰ろうとする。男1あわてて制止。男2振り返る。
男1「えっと……自己紹介! 名前は?」
男2「……帆来です」
男1「ホライ? 分かった帆来くんな。おれは……うーん、ザムザ、でも呼んでくれよ」
男2「ザムザ? カフカではなく」
男1「李徴でもいい」
男2「ザムザ」
男1「李徴じゃ駄目か?」
男2「ザムザで」
男1「……分かった」
男1、もといザムザ、満足そうに微笑む。男2(帆来くん)には見えないのだが。
男1「じゃあ、また明日な、帆来くん」
男2「……さようなら、ザムザ君」
男2公園を去る。独り残った男1。いまだ街灯はこうこうと輝く。会話が絶えた公園は、おそろしい程しんと静まっている。
彼は、新しい友人が帰っていった方をしずかに見つめた。が、ため息のようにさみしい独白。
「壁に、入れちゃったか……」
無人の公園。声は何にも妨げられず、ただ余韻をもって響きわたる。
「ごめんな、帆来くん」
それだけ呟くと、彼、透明人間は、自らの気配を消す。