一体、獣でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?――『山月記』中島敦
場
(というような雰囲気であれば、別に公園でなくてもよい。公園である必要もないのだ。ただ無人で、ある程度の広さと照明があればよい。たとえば、舞台のような)
男1――公園中央、街灯の下に立つ。
男2――未だ現れず。
act.1 無人の公園
第四の壁
完璧に寝静まり、物音一つ無い、夜の公園。男1、ふてくされてため息。公園の隅にありあまる程のビール缶。男は缶を開けようとし、指をかけるが、やっぱり止めてそのままにする。ため息。その後は無音。無言。
男は自らの手を街灯に透かす。爪や指の稜線から光がもれる。角張った男の手。何の変哲もない。手の甲、平、腕、足、何から何まで普通。男はそれに満足していいのか分からない。困惑を振りはらうように、男は首を振る。
(……)
(誰かここに居る? 居ないだろ? 余計な奴は、悪いけど居ないでほしい。昼間の奴等は勘弁してくれ。これ、本当、どうすんだよ!?)
ビール缶の山に対して男は独りツッコミ、しかしそれに答える者はもちろん居ない。
「不毛だ……」
とうとう声に出す。無人の公園、声はむなしく響きわたる。男は、仕方なしに辺りをうろうろと回る。
(おれだっていつまでもこうしちゃいられない……ここはどこだ? おれは何をしている? 記憶喪失? いやそうじゃない。もっと大事なものだ。例えば……)
「外見? ……いいや、そんなことは分かっているんだ」
(問題はなぜこうなったのか。いいやそんなの、それも本当は分かっている。畜生また気分が悪い。どうせ、誰か、おれのなかを読んでるんだろう。だのにおれの外見は見えないんだ。いいよ、読めよ。壁の向こうの人。おれはもう舞台を降りたんだ。おれの役は終わった。だから、そろそろ壁をぶっ壊してもいいだろう? ……)
独白ののち、男は決意する。
「いつまでもこうしていられない。壁を壊す」
「って、でもどうやるんだよ! ……くそー……」
男はふと足元を見る。電灯がこうこうと足元を照らしている。遊具にも電灯自身にも、足元の砂一粒一粒にも、くっきりと影が落ちている。
しかし、男の影は、ない。
「……だよなあ。
そこまで、徹底されるとなあ……」
男には、色々なものが欠落していた。そしてまたため息。
「誰か、居ねえのか?」