これは物語ではない

空室

 そこには誰もいない。

 昼の光に明るいリビングルームは空室で、家具はあれど、がらんどうだった。誰もいない。一時は何かが埋めていたたくさんの空白がぽっかりと大穴を開けていた。いたはずの誰かがいない気がする。居場所を失って屋外に立ち尽くしているようながらんどうの気持ちになった。でもそもそも失ってはいなかった。

 窓は開け放たれ、冷たい風が吹き抜ける。冷たいものは清浄な気がする。カーテンは風を受け止めて深呼吸をするように膨らんで引くのを繰り返す。外の光景は微風にたゆたう。ベランダもリビングも冠水している。波が立ち、カーテンがゆれる。地上四階のここがこのありさまであるのなら、ここではない場所でも何もかも終わったも同然なのだろう。

 誰もいない。外は晴れている。水面は果てしなく広がり、冷たい風が吹いている。気持ちはがらんどうだった。空白が大きな口を開けていた。

 机の上に新聞紙でくるまれた小さくて重厚な小包がひとつ。誰かの贈り物かも知れない。重みと小ささと冷ややかさで、封を解く前から既に中身の金属が呼ぶ結末は分かっていた。嘆きはない。諦めでもない。セーフティを外したのか覚えがない。既に外れていたのかも知れない。冷たい矛先をこめかみに押し当てたのも悲しいこととは思わない。冷たいものは清浄な気がした。足下に水面は冷ややかに広がり、広がりながら、広がっていた。

 身体はがらんどうだった。大きな音がして本当に終わった。動かなくなった自分の身体になおも四発引き金を引いた。

予告編集『水色の火事に呑まれる』収録

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