Cipher

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All the world’s a stage, and all the men and women merely players. They have their exits and their entrances, and one man in his time plays many parts.
(この世は舞台、男も女もその役者に過ぎない。舞台に登場しては消え、一人の人間がさまざまな役を演じていく)

 読後真っ先に思い浮かんだのは、シェークスピアのこの名文。
“読者を突き放す「読めない本」”というコンセプト通り、黒い紙に黒いインクで印刷された文字にはやや視認性の欠陥をはらむものの、工夫すれば読めなくはない絶妙なレベル。オンデマンド印刷の黒がテカる特性を活かした演出がとてもよかった。
(とは言え、世界に没入するために適切な明るさを模索するところから始まり、没入の阻害との戦いで集中を途切れさせられ、なんともまぁ、物語に近づくのに本当に手間がかかる。そのことが大変でありながらも読書体験としての初めての感覚で愉快でもあった)

 物語は謎めいた「街」に住む、あまり感情の起伏が激しくないピアノマン「X」 を主人公に、どこか閉塞感の漂う独特のムードで展開する。
Xは淡々としており、一人称の文章でありながら三人称の文章を読んでいるかのような他人事感が強い。だが、ある日彼の目の前に現れた「0」と関わることにより、0に関する事柄には少なからず感情の起伏のようなものが見え隠れするようになるのが印象深かった。「街」に住む人の一部がそのあり方に不信感を抱きつつも、変えることを諦めているその様子は、我々の住む社会を風刺しているようでもある。才能のある者しか住めない「街」。だが明言はされぬ暗黙のルールを破っても住めぬ「街」。そうなると、「街」 から消えたという人々とは…… (この“消えた人”の解釈によっては、Xと0の、互いの日常や意識に変化を生んでしまう相互関係は、非常に危ういものだと感じる)。

 謎は謎のまま、推測の域を出ない解釈のみが許され、明確な答えのないままぷつりと消息を断つように終わるが、それはこの物語を読んできたものにとっては「さもありなん」とでもいうのか、納得のいく結末にも思えてしまうから不思議だ。物理的にも感情的にも読者との隔たりを突きつけてくる姿勢が一貫しているのが潔くていい。細部まで著者の美意識が詰まっている。
この物語は、読後も読者の中で続いていく。舞台装置が巧みな演劇を観た帰り道のような気分で、同行者と謎解きの解釈を伝え合いたくなるような気持ちを呼び起こす。さて他の人たちは、どんな解釈をしたのだろうか?
 インディーズだからこそできる、面白い企みにあふれた1冊。










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