『un bon souvenir』作:風野湊

un bon souvenir

Attention Please,
・DLE滞在夢小説(?)です
・会話文の95%はモブの方々がお喋りしています
・語り手ちゃんは音楽にあまり詳しくありません
Thanks for reading, bon voyage!


 ほんとうはヨーロッパに行ってみたかったんだ。
 でも、いきなり海外旅行なんて、おっかないじゃない? それも一人でなんて。そもそも、この国では渡航ビザひとつを取るにもやたらと手間が掛かる。そういう訳で、大学生として初めて迎える長期休みを、私は国内旅行に費やすことにしたのだった。なにごとにも練習は必要でしょ。新品のバックパックを背負って歩くにも、ドミトリーの二段ベッドで眠るにも、ホステルを予約するにもね。
 ところで私の国にはデタラメ・リトル・ヨーロッパというすごい名前の観光地がある。名前と街のどちらが先に生まれたのか知らないが、まあ名前どおりにヨーロッパっぽい小さな街だ。最初は行くつもりはなかった。デタラメ・リトル・ヨーロッパを歩きながら「ほんとはヨーロッパに行きたかったな〜」なんて内心でぼやくバックパッカーとか、あまりにダサ過ぎるから。
 でも、故郷のシュドウェストから列車に揺られ、あちこちの観光地を巡るうちに、だんだん気が変わってきた。ヨーロッパっぽい街並みにはやっぱり興味がある。近くまで来たのに素通りするのももったいないし。
 そうと決まれば宿を押さえる必要があった。今の時期、デタラメ・リトル・ヨーロッパには首都エストセントルからバケーション客が押し寄せているはずで、ウォークイン――適当な宿に予約なしで立ち寄って「今日空いてる部屋あります?」で泊まること――だとマジで満室の可能性がある。そこそこ国内旅行にも慣れてきた私は安全策を取り、シュデスト地方の小さな町からいくつかの宿に電話を掛けた。三つほど満室の返事が続いた後で、ようやく、ドミトリーなら空いてる、というホステルがつかまった。電話口の向こうで、やたらのんびりした声のお姉さんが『お客さんラッキーだねえ』と言った。
『ちょうどさっきキャンセルが出たんですよ。何泊されます?』
「二泊くらい泊まりたいんですけど、いけますか?」
『ええ、大丈夫。ドミトリー二泊ね。1200エレルってとこかなあ』
 ホステルにしては高いけれど、オン・シーズンなので仕方ない。了承して受話器を置いた。
 駅に向かう道すがら、窓ガラスに反射した自分の姿を見て、お洒落な街を歩く格好じゃないなと一瞬冷静になったが、まあ気にしてもしょうがない。誰も見てやしないでしょ。バックパッカーには歩きやすい靴こそが命だし、そもそもスカートは普段から履かないし。赤毛のショートヘアを撫でつけ、寝癖だけ申し訳程度にごまかしておいた。


 地下鉄の駅から地上に出たところで、私はばかみたいに口を開けて立ちつくした。
 眼前に伸びる石畳、賑やかな広場、オープンテラスのカフェ、意匠を凝らした石造りのアパルトマン、青い空、白い雲、飛び立つ鳩の群れ。

 ヨーロッパじゃん!!

 いや、ヨーロッパじゃないんだった。ヨーロッパっぽいってだけ。でも本物のヨーロッパなんて見たことない私の目には、充分きらびやかに映る。テーマパークっぽい、それもそう。でもここは遊園地じゃなくて人が住んでるんだよなあ。すげえ。
 メインストリートはずいぶん賑わっていて、きゃいきゃいと浮かれた様子の学生グループといくつもすれちがった。あきらかに観光客だ。私も観光客だけど。落ちついてる人は地元住民だろうなと思う。バックパックを背負った人間はあまり見かけなかった。

 お目当てのホステルは、デタラメ・リトル・ヨーロッパ記念公園近くの裏路地にあった。ちいちゃな看板が漆喰の壁から突き出して、風にキィキィ揺れている。入り口は味も素っ気もない黒塗りのドアで、中の様子がまったくわからず、まあまあ躊躇った。電話で聞いた住所は二階だ。窓から覗く作戦も使えない以上、とにかく行くしかない。意を決してドアを開け、人ひとりやっと通れるくらいの狭苦しい階段を上がる。ようやく辿りついたレセプションでは、くたびれた雰囲気の女性がひとり、革張りのカウチソファに身を投げだしてペーパーバックをめくっていた。視線が合った。
「チェックイン?」
 気怠げに掠れた低音の声。ハスキーさんだな。声からして、昨日電話で話したのは違う人らしい。予約済みの旨を告げると、「ああ」と合点したような頷きが返ってきた。
「キャンセルに滑りこめたラッキーな人か。聞いてるよ」
 ハスキーさんは簡潔に宿の説明(自炊キッチンの諸注意、コインランドリーの使用法、一階玄関の閉鎖時間もろもろ)を述べた。お決まりの流れってやつだ。どのホステルでも聞かされる一連。私は適当に頷きながらサインを済ませた。
「おねえさん、音楽好き?」
 うん? なんかパターンと違う質問されたな。
 惰性で頷きかけた首を傾げると、ハスキーさんはちょっと気まずそうに「大好きって感じじゃなさそうだね」とだけ言った。まあたしかに詳しくはない、大学の友人に比べたら全然聞いてない部類に入ると思う。
「大好きって言ったらどうなるんですか?」もしディスカウントとかされるなら全力で音楽好きを偽るけども。
「ドミトリーにいる子がめちゃくちゃ喜ぶ。まあ……諸事情は直接聞いてもらって……」
 あきらかに説明が面倒で打ちきる感じに話を濁され、私はハテナマークを浮かべながらドミトリー客室に向かった。ドアは開いていた。シンプルなフレームの二段ベッドが三台。窓側ベッドの下段に女の子がひとり、こちらに背を向けて座っている。綺麗な栗色ブルネットのウェーブヘアだ。ハスキーさんが言ってたのはこの子だろうか。距離感をはかりかねて、とりあえず愛想笑いで挨拶してみる。髪をなびかせ振り返った彼女は、開口一番こう言った。
「ねえあなた、音楽は好き?」
 目がマジだった。この宿こわいよ。


 彼女はなにか自己紹介っぽいことを言った気がするけど、慄きのあまり半分くらい聞き逃してしまったので心の中でブルネットと呼んでおくことにする。

 ブルネットが言うには、彼女は今夜ライブに行くのだが、同行予定だった友人が不運にも牡蠣フライにあたって盛大に腹を壊してしまったため、チケットが一枚余っている。せっかくのチケットをこのまま紙屑に堕とすのは惜しい。誰でもいいから代わりに連れてゆきたい。音楽が嫌いでなければ誰でもいい。だそうだ。というかキャンセルで空いたベッドってその人のだったんだな。

「little black dress?」
「そう、彼女たちのライブなの。知ってる?」
 バックパックをベッドに降ろしながら「聞いたことあるようなないような」とてきとうな返事をしたら、ブルネットに手首を鷲掴みされ、呆然としてる間にレセプションまで連れ戻された。まだカウンターの中にいたハスキーさんが、憐れむようなまなざしで私を見た。
「CD掛けて、おねがい! Diamonds Are a Girl’s Best Friend!」
 ハスキーさんがミニコンポを操作する。やがて流れだしたのは、聞き覚えのある歌声だった。音楽に疎い私でさえ知ってる流行歌。華やかな旋律にまったく似合わないアンニュイさで、ハスキーさんは頬杖をついた。
「彼女、little black dressのおっかけでね、アンシャンテ公演の度にウチへ泊まるんだよ……。もう、この街で泊めてくれるような友だちを作った方がよくない?」
「常連につれないこと言うのね。それに滞在日数ならあなたの方が上じゃないの」
「宿代の分こうやって店番してるんだから、私はスタッフみたいなもんだよ」
 友人同士みたいな軽口を投げつけあってから、ブルネットはふんと腕を組んでカウンターに寄りかかった。
「他の宿泊客にも昨日から声掛けてまわったのに、どうしてか振られちゃったの。ことごとく」
「ほんとに心当たりない?」とハスキーさんが呟いたが、ブルネットは一瞥もくれずにおっかない微笑を浮かべた。私は冷や汗をかきながら、この場から穏便に逃亡するためのうまい口実を考えはじめた。どうしよっかな。架空の友人との先約でもでっちあげて――
「一緒に行ってくれたら、夕食は奢るわ」
 私は手のひらを返した。風見鶏にも負けない速度で。そりゃもうクルックルに。


 食事につられてホイホイとついてきてしまった訳だけど、ライブに行くなんて生まれて初めてだから、街を歩くにつれてなんだかわくわくしてきた。シュドウェストのド田舎町にはライブハウスなんてなかったんだよ!

 公演は19時かららしい。夕暮れとともに、外灯がぽっぽっと灯りだす。アパルトマンの窓からこぼれる光に、ベランダの優美なアーチ装飾が浮かびあがり、そのシルエットについ見とれてしまう。誰かがアコーディオンを弾いている。石畳に並べられたテーブルの上で揺れるキャンドル、この風景知ってる、ゴッホの絵で見たやつ、夜のカフェテラスだ。もちろんここはアルルではなくて、デタラメ・リトル・ヨーロッパで、何もかもが違うんだけど。

 雑踏の合間にブルネットを見失いそうになり、慌てて後を追いかけた。はぐれかけた私に気づいたらしく、ブルネットは足を止めて「そんなに物珍しい?」と笑った。皮肉るような声の調子に、ちょっと耳が熱くなる。どうせ今の私はどこから見てもお上りさんの田舎娘でしょうよ。
 ブルネットはくるりと踵で円を描き、私に向きなおった。
「わたしの目にはもう造り物の街にしか見えないけど、あなたの目には本物みたいに見えるんでしょ。良いことじゃないの」
「褒められてるのか貶されてるのか分かんないんだけど……」
「褒めてる褒めてる。ほんとよ。許してね。たしかにあなたはこの街に似合わないけど」
「やっぱり帰っていい?」
「今さら帰るなんて言わないで。ね、だって、あなたはいつか本物のヨーロッパに行きたいんでしょ。行くんでしょ。そしたらきっと、この街のことなんて忘れてしまうんだわ」
 私は口籠った。ブルネットが後ろ手を組み、数歩先へステップを踏む。
「でもね、造り物の街にも、本当はあるの」
 ブルネットは今度は皮肉さのかけらもなく、満面の笑みで「到着〜!」とはしゃぎながら看板を指差した。enchant(e) 、とあった。

 地下へ続く薄暗い階段を降りると、店内はもう人でいっぱいだった。勝手も何もわからない私は、ブルネットに案内されるがまま、テーブルのひとつに席を占めた。ライブバー、で良いんだっけ? ライブどころかバーだってほとんど来たことないんだよ私は。どんな顔してたら良いのかもわかんないよ。だんだん冷静になってきたけど、私、場違いじゃない? ここにいる人みんな、little black dressを聴くために来てるんでしょ。聞いたことあるような無いような、なんて人間がここに居て良いんだっけ?
 ブルネットが私の分まで注文を済ませてくれた。よく冷えたスパークリングワインと、お腹を空かせた私のためにフードメニューも。開演まではもうすこし時間があるので、今のうちに食事をしておく。アヒージョおいしい。バゲットを口元へ運ぶ合間に、私はブルネットに耳打ちした。
「ねえ、私、ほんとにジャズも何もわかんないんだけど」
「気にすることないわよ。借りてきた猫みたいになっちゃって」
「作法とかある……?」
 ブルネットが軽く吹き出して、口元を拭った。
「ないない。大丈夫。開演したら黙って、聞いて、楽しんで。それだけ。まわりが手拍子してて合わせたくなったら合わせりゃ良いし」
「今のうちにメンバーの名前だけ教えてくれない? 小声で」
「小声の必要ある?」
 そうは言いつつも小声で教えてくれた。メンバーの名前に楽器の解説もすこし。ありがたい。

 やがて客席の照明が落とされた。周囲のざわめきがすっと静まり、期待に満ちたひそひそ声だけが空気を揺らす。ライトで照らされたステージには、ピアノとドラムセット、マイクスタンド。それと立てかけられたコントラバス――えっと、ウッドベース。無人のステージで、楽器たちは無言で光を反射していた。何かを待ち構えるみたいに。
 やがてメンバーがステージに上がった。リトルブラックドレスに身を包んだ、ブロンドの女の子たち。隣でブルネットが息を呑み、横目に伺ったらすごい迫力でステージを凝視していた。うっかり邪魔したら恐ろしいことになりそうなので閉幕までぜったい話しかけないようにしようと思う。
 スカーレット、サブリナ、ロリータ、ウェンズデー。さっき教えてもらったメンバーの名前は、みんな映画のヒロインが由来なのだという。私は映画もほとんど知らない。楽しめるのか改めて心配だけど、考えても仕方がない。もう幕は上がった。これまで私の世界に存在していなかったものと、いまから私は出逢うんだ。

 ピアノの鍵盤に白い指先が落とされる。前奏を引き連れて、スカーレットはその名前どおりにまぶしく赤いハイヒールを鳴らしながらマイクスタンドに歩みよると、レースグローブに包まれた指先を添え、瞼を伏せて歌いはじめた。
 吐息混じりの囁き声が、音の合間に誂えられた空席へその身を滑りこませてゆく。衣擦れを思わせるやさしい子音、sの発音が、マイクに拾われ拡張されて、肌に触れてくる。ひそかなピアノの伴奏に、ウッドベースとドラムの音が重なった。ウッドベースを抱き寄せるようにしながら、ロリータ、リボンとフリルをまとったツインテールブロンドの女の子が、骨筋の浮きでた右手で力強く弦を引いてはじく。ドラムを見れば、ウェンズデーは見たことない不思議なブラシで音を刻んでいた。スティックじゃないんだ。知らないことばっかりだ。何層にも重なったチュールレースの裾からすらりと伸びる真っ白な素足がペダルを踏む度に、ボーカルやピアノを遮らない柔らかな打音がかすかに響いた。
 くすぐるようなウィスパーボイスで紡がれてゆく歌詞は、甘やかな恋のしあわせを歌っていた。映画みたいにロマンチックで、だけどどこか危ういような、どこへ連れてゆかれるのかわからない感じ。なんだかふわふわしてくる。さっき飲んだワインのせい?

 ひとときピアノが退いて、サブリナがワイングラスに口づけた。ウッドベースが息を繋いで、やがて音の調子が変わる。無知な私には曲の継ぎ目がわからず、長い長い一曲のセッションに手を引かれてゆくような気分だった。楽器を奏でていたメンバーが流れるようにスカーレットを見やったので、私もほろ酔い心地のまま彼女に注目した。ゆらり、スカーレットの身体が傾いで、ケープスリーブの裾も揺れて、マイク越しの呼吸音が――伏せられていた瞼が見開かれ、うつくしい湖面のような瞳孔が、ライトを呑んで光った。

 声量の上昇とともに、スカーレットの声が一変する。
 ひとつの喉から発されているとは信じがたいほどに。

 夢見る甘さは息をひそめ、落雷のような芯に貫かれた掠れ声が大気を圧倒した。
 楽器が一斉に活気づく。ロリータはときにウッドベースを打楽器のように叩いて、ウェンズデーはすばやく持ち替えたスティックで次々にドラムを打ち鳴らした。どれがスネアなんだかも私にはわからないけど、どんどん早まる鼓動みたいに、けれども毅然と一定のまま、音楽を導いてゆく。ピアノの旋律が弾む。サブリナはとろりとした眼差しでじっとスカーレットを見上げていた。音楽に身を任せる快さが、客席にまで伝わってくる。こんな歌を、こんな苛烈に、楽しく歌っちゃっていいの?

“So you gave her your heart too
(そう、あなた彼女に心を捧げたのね)

Just as I gave mine to you
(かつて私があなたにそうしたように)

And she broke it in little pieces
(それで彼女に木端微塵にされたって訳ね)

And now how do you do?
(ねえ、今どんな気持ち?)

So you lie awake
(横になっても眠れなくて)

Just singing the blues all night
(一晩中ブルースを歌うだけだなんて)

Goody goody!”
(良いわね、良い気味だわ!)

 狼狽と、そして同じくらいの、喜びが、頬にこみあげてくる。気づいたら私は笑っていた。彼女があまり気持ちよさそうに歌うから。
 踊るように両腕を広げ、息を弾ませて、スカーレットは微笑んだ。わあっ、と周囲から拍手があがる。マイクに寄せられた唇から、熱唱の余韻にゆらぐ囁き声がそっと紡がれた。甘やかな夜の挨拶が。

 そこからのMCは実はあまり覚えていない。観光してたら素敵なお店を見つけたとか、そんな感じの楽しいお喋りを聞かせてもらった気はするんだけど。思い出せるのは音楽のことばかり。ああ、スカーレットとサブリナ二人だけのしっとりした演奏のあとで、いつのまにか離席していたロリータとウェンズデーが濡羽色のタキシードを纏って出てきたのもすごかったなあ。店中みんな悲鳴あげて、ブルネットも気絶しそうになってたもん。二人とも髪色まで変わってて、別人かと思ったぐらい。リトルブラックドレスからタキシードって、可愛さとかっこよさのギャップで風邪引いちゃうでしょ。髪をオールバックに撫でつけたロリータが、ステージに仁王立ちしてウッドベースのものすごい速弾きをぶちかましたと思ったら、ウェンズデーが夜風みたいにタキシードを靡かせながら超速タップダンスで刻み返すんだよ。とびきり鋭く踵を打ち鳴らしながらターンを決めたとき、ふたりがにんまり笑って見つめあうの私見ちゃった。見ちゃって良かったのかなあれ。すごいかっこよかったけど。

 終演後には会場でCDを買った。ブルネットは半分くらい正気を失っていて、「今日も最高だった……」「いやタキシード、いや、マジで」とかブツブツ言いながらテーブルに突っ伏していた。なんとかホステルまで連れて帰ったが、ブルネットは十五回くらい「なんで私は明日から仕事なの?」と呻いていた。早朝の電車で首都にエクストリーム出社とかいうやつをキメるらしい。大変だねえとしか言えない。
「ねえ、良かったでしょ」
「うん。良かった」
「誰にいちばんブン殴られた?」
「ええ? ……ウェンズデーかな」
「わかるわ、初見であのタップダンスをぶち込まれたら仕方ないわ」
「スカーレットも凄かったし、ロリータにも痺れちゃった」
「そうでしょうそうでしょう。……あら、なあに、あなたサブリナのピアノまでは気が回らなかったの? まあ初回だものね、いっぺんに全部聞きとれってのも酷だわ、でも彼女もほんとに凄いのよ、次はもっと耳を澄ませてごらんなさい、絶対よあなた」
 顔が近い。胸ぐら掴まれそうな勢いだった。明らかに酔っ払っているらしいブルネットに早口で凄まれても、もう彼女をおっかないとは思わなかった。むしろ楽しかった。


 翌日、目が覚めたときにはもう、ブルネットはチェックアウトしていた。レセプションには電話で話した覚えのあるのんびり声のお姉さんがいて、ここのオーナーだと名乗った。
 雑談がてら今日の予定を聞かれたので、私はデタラメ・リトル・ヨーロッパの四つ折り地図を広げた。昨晩、スカーレットのMCを受けて、ブルネットが「絶対あの店だわ、間違いないわ」と断言していたアンティークショップの場所を教えてもらう。

 記念公園のベンチで、マーフィー・マリンズのマフィンを朝食がわりに頬張ってから、身軽な格好で街をそぞろ歩いた。メインストリートのお洒落なショウウィンドウをひとつひとつ覗いてみる。オープンテラスのカフェや、重厚な佇まいの純喫茶もすてきだ。でも、寄り道はあとにしよう。

 やがて目的の店が見えてきた。老舗と聞くにふさわしい、建物そのものがアンティークのような、煉瓦造りの小さな骨董雑貨店。窓からそっと中を伺うと、長い時間を衣裳のように纏った骨董品たちがはちみつ色の灯りに照らされていた。入り口正面のレジカウンターには人影も見えた。たぶんあの人が、スカーレットが話題に出した『かわいい店員さん』だろう。ストライプのスーツがめちゃくちゃ目立つ。
 というか、好奇心と勢いで来ちゃったけど、バックパッカーのお財布で買えるものがあるのかどうか、何も考えてなかったな。ショウウィンドウの前でしばらくまごまごしていると、ふいにドアベルが鳴って、店内から女の子が出てきた。小さな箒を携えた、真っ赤なワンピースの女の子。午前中の柔い日差しに艶めく黒髪が、きゃしゃな肩の上で揺れる。彼女は私に気づくとにっこり笑って、小首を傾げてみせた。
「おはようございます。なにかお探しですか?」
「ああ、えっと、その――なにか、友だちの誕生日プレゼントを」
 とっさに捻りだした答えだけど、言葉にしたらすとんと腑に落ちた。旅先でのちょっと贅沢なお買いものに、ぴったりの選択肢じゃない?
「すてきね。どうぞ、心ゆくまでご覧になっていって。きっと良い贈りものが見つかるわ」
 私をエスコートするかのように、彼女は入口のドアを押さえてくれた。ワンピースの襟元に白い指先を揃えた、うつくしい会釈を贈られる。
「ようこそ、アンダルシアの猫へ」

 ほんの二泊三日の滞在だったけど、私がこの街を好きになるには充分な時間だった。
 ねえ、いつか私が本物のヨーロッパをこの目で見る日が来たとしても、やっぱり、デタラメ・リトル・ヨーロッパを忘れることはないと思うの。
 世界中のどこを探しても、あの愉快な街と同じ場所はひとつとして存在しないもの。
 そうでしょ?


お誕生日おめでとうございます!!!
まさかジャズにも映画にも詳しくない人間からlbdライブレポが出力されるとは私も夢にも思わなかったのですが、DLE滞在記書いてみてえな…書くか……と思ったらなんか形になっておりました。
ジャズも何もかもにわか知識なのでトンチンカンな描写や矛盾があっても二次創作ということでご容赦いただけたら幸甚であります。いや楽しかったです。夢小説ってことでいいのかイマイチ自信がないのですがたぶん夢小説なんじゃないかと思います。

ライブシーン描写にあたっては、紗良さんのツイートやSS(主に「Cheek to Cheek」やcomacipherまわり)を大いに参考にいたしました。ウェンズデーさんが好きです……。
これからも、デタラメリパブリック世界のワンシーンをTL越しに垣間見せてもらえたらとっても嬉しいです。

紗良さんの日々と創作とに幸運あふれる一年となりますように!

風野湊

Story by 風野湊
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