Drive to Pluto の青野(Ba./Words)と SIGNALREDS の小澤(Vo./Gr./Words)が酒を飲んでいるだけの小話です
2000年10月
小澤拓人はいつだったかの企画で一緒になったバンドのギタリストで、俺のひとつ上の学年で俺たちの1年前にデビューをしていたから、なんとなく先輩みたいな感じで仲良くしてもらっていた。
小澤氏はギタボだったので、自分で書いた詞を自分で歌った。俺は書いた詞を他人に渡す。立場の違いはあれど詞を書く共通点と、詞の参考にする読書の趣味が合い、意外とけっこうな頻度で中野あたりで飲む仲になった。そういえば音楽についての話を、サシでしたことはない。
酒を飲んだあとの〆めはコーヒーという変な趣味を持つ人だった。
「人間は二種類に分かれる」というネタでその夜は飲んでいた。分類自体ほとんどくだらないのだが、小澤さんがこだわっているネタがあった。
「ひとはサキかカフカに分かれる」
居酒屋の名前は思い出せないが、妙にうまい肉厚なハムが出た。
「どういうことっすか」
「イヌ派・ネコ派、パン派・ごはん派みたいなもん。でも犬猫と違ってこれには濃度がある」
曰く、小澤氏は「根っからのサキ」、小澤さんのバンドのベースの井上さんは「迷ったんやけどたぶんサキ」、ドラムの古屋さんは「カフカ寄りでサキ」、ギターの御手洗くんは「サキだけど空っぽ」
「空っぽって」
「だから、濃度があるんよ」
それ、温厚か凶暴かみたいな二分ではないのかと思った。ただ、サキとカフカのどちらが温厚か凶暴なのか判別しかねた。出て来るバケモノの違いじゃないか。
「だから、おれんとこはサキなわけ。で、青野くんとこがね、カフカ」
俺はコロナビールばっかり飲んで、小澤氏はブラッディマリーというトマトジュース割にセロリが刺さっているのをボリボリ食べている。
「青野くん、はじめて見たとき、おっ、サキだって思ったんだけどな、素がカフカ。それもめちゃくちゃ」
「長編は読んでないよ」部屋のどっかで、読みかけの『城』が腐っている筈だ。サキだってまじめに読んだことはない。
「ま、あんたはサキっ面のカフカ。ついでに田邊くんが見本的なカフカ。標本にしたいわ。で、あー、秋山くん? あれは、なんだ、会う度に違う。パトランプみたいにクルクル回ってんだ」
むちゃくちゃだなと俺は声を上げた。声を上げたが、小澤さんの例え話の「論理にならなさ」は否定できなかった。むちゃくちゃが正しいという直感である。俺も笑っていた。
「あれさ、秋山くんは、サキがカフカの話に登場するバケモンを書いてんの。カフカがサキのかな。だから区別できん、ぐるぐるしてる」
と言って一段落の代わりに、いつも吸っているキャメルという煙草に火をつける。小澤氏は今時めずらしいマッチ派だった。「これは葉っぱだからサラダよ、火を通してるからサラダよりカラダにいい」とか前に酒の席で言っていた気がする。歌うたいが煙草で喉を傷めないんだろうか、小澤氏はだいたいゲラゲラ笑いながら吸っているから全然気にしていないらしかった。小澤氏のバンドは喫煙者が多くて、レコーディング中もスパスパやっているらしい。
「で、さあ。おれが言いたいのはさあ?
うちのファンはカフカばっかで、おたくんとこはサキばっかりだよなあ」
それで、急に腑に落ちた。確かにトクはカフカで前列に詰めてくれる人の顔はサキで、聖が反転していることもいきなりすべて分かってしまったのである。その思考のプロセスは分からない。いま思い出しても、なんでその結論に至ったのか、自分の気付きのきっかけがまるで思い出せない。ただ結論だけが、俺がサキっ面のカフカでお客さんはサキばかりという命題だけが頭に残ったんだった。
核心を得たクリアな心地は、酒の酔いより気分が良かった。今思いだすと、今だけでなくそのときにも、結論には辿り着いたのに、プロセスが欠落していたと思う。俺は気付いたから、余計なことを口走った。
「でもさ、小澤さん違うよ。あんたカフカだよ」
その一言で支払いまでちょっと揉めるとは思ってなかったけど。