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『シンガロン[DEMO ver.]』試し読み

小説『シンガロン[DEMO ver.]』表紙・裏表紙

Track.1 p.3-8 抜粋

大学進学で上京してきたトーキョーの町は想像上の東京よりものどかな田舎で、区じゃなくて市で、案外、山で、畑もちょっとあって、それでも電車に1時間乗れば新宿だの渋谷だのといった名前の知っている大都会に着くし、電車もバスも10分間隔で真夜中まで走っているし、モノレールには初めて乗ったし、新宿や渋谷にまで足を伸ばさなくても、ちょっとした街に出れば服屋もCD屋もあるし、ライブハウスがあった。

カシマの進学先の大学は山を切り開いた造成地に立っていて、隣には別の大学も立っていて、街道沿いの住宅地には自分と同じような若者があたり一帯に住んでいた。薄い壁の木造アパートは隣の家のテレビの音が丸聞こえだったが、カシマはさして気にならなかった。カシマが育った田舎の一軒家も同じぐらい壁が薄く、2階の自室から1階の居間のテレビの音が丸聞こえだった。

カシマは大学の軽音楽サークルに入部した。もとから音楽に特別詳しいわけではなかったが、大きな音を出してみたかったのと、漠然と抱いていた心の穴を埋めてくれる新しい趣味を得たかった。サークルは大学の文化祭でのライブ公演や、OBのバンドと共にライブハウスのブッキングイベントも行っていたが、活動の半分は飲み会だった。新入生歓迎会でさも当然のように未成年飲酒がまかり通っているのに驚いたが、「ボク小学生の時にお父さんがコップで飲んでた日本酒をお水だと思って飲んだら失神しちゃって、救急車呼ばれたあとお父さんとお母さんに病院で殴られてそのまま入院したんだよね」と思い出話を語ったら、宴席の空気は凍りついて、カシマが無理に酒を誘われることはなくなった。

「ねえ、それ笑い話なの?」

あとになって、昼の児童心理学の講義の合間に、同じサークルの同級生から尋ねられた。

「え? 笑えなかった? だってもう過ぎた話だし」

ベースをやってみたかったので、仕送りを使い込んでエレキベースを買った。音が太いのが格好良かったので、バンドでどういう音楽をやるのか決めないままフェンダー・ジャパンのプレシジョンベースを買った。決め手は音色よりもシェイプよりもボディの塗装だった。ラメを散らしたように輝くボディは黄緑色でもミントグリーンでも青緑でもない本物の緑色をしていた。

「緑色の楽器は売れないっていうジンクスがあるんだよ」と楽器屋の店員が言っていた。

「どうも流行らなくて売れないから、なかなか作られないみたいだ。なんでも、ステージ映えしにくい色だかららしいな」

「そうかな?」楽器屋の壁面にかけられた色とりどりのギター・ベースを見上げてカシマは言った。

「ボクは緑、カッコイイと思うけどなぁ」

心機一転して金髪にブリーチしたせいか、バイトの面接に落ち続けたので、しばらくは食事を抜いて頑張って過ごした。

新入生で組んだバンドではスコアが売られている流行りの邦ロックをカバーしたが、カシマにはあまり好みの歌ではなかった。だが譜面なしの耳コピが出来るほどカシマも習熟していなかったし、好みの曲は難しかったし、悶々としながら身内しか来ないブッキングのチケットノルマをさばくのを付き合った。

学業やサークルの人間関係が大変なとき、お金がなくて部屋で寝ているとき、東京で買ったLinkin ParkやSlintのアルバムをずっと聴いていた。愛の言葉や希望や慰めも、悲しいという気持ちをそのまま音にしてぶつけられるほうが良いと思った。日記のような言葉遣いで綴られた聴き取れる歌を聴かされるよりも、意味がすぐに頭に入ってこない外国語のほうが好ましかった。気付くいたら洋楽ばかり手に取るようになっていた。

 

ひとりで過ごす東京の季節は慌ただしく流れていき、夏、秋、文化祭、雪の降らない冬を経て、二度目の春を迎え、新歓ライブや複数大学合同インカレのライブイベントを経た。夏休みに入る前の7月の最後の登校日、部会に出ると先輩たちは帰省前の飲み会の相談をしていたが、話の流れで、サークルが毎年恒例にしている肝試しの話題になった。新入生を脅かすために、毎年場所を変えて夜の山や町外れの廃屋に忍び込むらしい。去年のカシマは参加しなかった。というのも、1年生のあいだ、カシマは宴会に呼ばれなかった。

「なんで肝試しするの?」とカシマは尋ねた。「怖いことすると良くないんじゃないの? 入っちゃいけないところは入っちゃいけないから駄目なんだし。ボク幼稚園のときにじいちゃんちの井戸に子供は近づくなって言われてたけどイトコといっしょに見に行って、そしたらじいちゃんとばあちゃんがすごく怖い顔でボクのこと探しに来て、『おまえにイトコはいない』ってすごく言われたんだよね。おじさんとおばさんにはその話を他所でするなって言われたし。だから行っちゃいけないところに行くとよくわからないことになるから、やめたほうがいいんじゃないの?」

宴席には悲鳴に近い声も上がり、押し黙る者もいたが、肝試し推進派には火が付いてしまったようだった。

「な! ホンモノだっているだろ? お化け屋敷じゃなくって、本物のバケモンを見てえよなあ!」

そういうわけであれよあれよと候補地が決まり「霊感体質」認定をされたカシマの同行も決まってしまった。

曰く、大学から西のほうに行った山間の地域に立っている道祖神がヤバいらしい。山中のどこからか笑い声が聞こえてくる、どこかで大麻草が密造されている、祭囃子のような音が聞こえる、らしい。しかし一番ヤバいのは道祖神そのものだと噂話は伝えている。どのようにヤバいかというと、それを直接言うことも「ヤバい」ので噂の中身は伝達されない。けれども場所は正確に伝えられている。山間といえど同じ市内なので、大学からは車で1時間もかからない場所だ。

「去年の○○城跡は広いだけでつまんなかったな。階段がキツイだけだったわ」

「大麻って、オバケじゃなくてもヤバいじゃん」

「笑い声とか音がするのも、ヤバい人間がいるだけじゃねーの」

「カルトの施設とかあったらどーする?」

「だから、オバケなんていねえんだよ」

肝試しの主催の先輩は、人を怖がらせるのが大好きだがオカルトは信じておらず、「なにもない」という確信を得るために大学の周囲一帯の怪談や噂話を集めていた。彼のとっておきの話が、この「ヤバい道祖神」の話だという。

 

次の週末の夜、カシマは先輩が運転するレンタカーの後部座席に詰め込まれていた。

「カシマ、楽しそうだな、怖くないのか?」

ふだんほとんど話す機会のない先輩たちに話をふられてカシマは驚いた。カシマは山中に向かうにつれて明かりの数が減る車窓をぼんやり眺めていた。

「夜のドライブってあんまりないから!」とカシマは答える。

車内のメンバーはカシマの下の名前をもじって口々に言う。

「元気はいつも元気いいよな」

「元気分けてほしいな」

「いっつも笑ってるもんな」

そうだっけ? 車の窓に反射する自分の顔は、ふだんと同じ、ただの愛想笑いだ。

「俺も就職活動つれえから、へらへら笑って生きてえなあ」

ルームミラーに映る先輩の顔も、同乗する先輩や同級生や後輩たちも、カシマと大差ない表情で笑っていた。

目的地はゆるやかなハイキングコースの区画内で、駐車場から進むことができた。管理人が常駐しているような立派な設備ではなく、砂利をしきつめて軽く整備しただけの空き地である。先輩が用意した懐中電灯の数は人数に対して足りておらず、2・3人でグループを作って、蚊よけのスプレーなどを噴いてから、一行は夜道を歩き始めた。看板に記された道は踏み固められた未舗装道で、道の左右から木々の枝葉が闇の入口へと通じるトンネルのように行く手を覆わんとしていた。

「おい、入ろうぜ」

あまり人の行き来のなさそうな、人の侵入を暗に拒むような暗闇のもつ迫力に部員たちは一瞬押し黙ったが、肝試し主催者である先輩はへらへらと笑いながら懐中電灯の光を向けた。光源に向かって大きな蛾がふらつきながら飛んできて、顔にぶつかりそうになった部員が悲鳴を上げた。

道は、幅は狭いがしっかりと踏み固められていて、よほど気が動転しない限りは迷子になることはなさそうに見えた。深い森の木々で日差しが遮られ、日中は日陰になっているのだろう。夜の山道は夏にしてはひんやりとして、湿った空気が充満していた。

「思ったよりはちゃんとしてるハイキングコースだよな。こんなところで大麻の栽培なんかできんのか?」

「パッと見じゃ気付かない脇道があるかもよ」

軽口を叩きながら先導する先輩たちのグループの後ろで、1年生の女生徒のグループが声を上げた。

「いま何か聴こえませんでいた?」と彼女たちは訴える。

「お寺の鐘みたいな、ゴーンっていうか、ボーンみたいな、なんか低い音……」

彼女たち以外に音が聴こえたものはいなかった。「聴き間違いかもしれない」「いや、『本物』のしわざかも」と一行は盛り上がった。音を聴いた当人たちも「やだ、怖い、怖い!」と叫びながらも表情は笑っていた。

事前の情報では「変な音が聞こえる」という話が多かったが、彼らはお喋りを止めることなく、笑い混じりに騒ぎながらゆるやかな道を進んだ。件の道祖神がどこにあるのかは誰も詳しく知らないので、ある部員は「もう通り過ぎちゃったんじゃないですか?」と軽口を叩いた。それは面倒事や不安から逃れるために、そうあってほしいと、知らず願って口を出た言葉だった。

先頭を歩くグループが、「ん?」と声を上げて立ち止まった。ライトで一点を照らす。道は四つ辻につきあたり、一行が歩いてきた道と別方向から伸びてきた細道が直交している。

「これ、どっちの道なんだ?」

首をかしげながらも来た道に沿って進もうとする先輩に、ある部員が「待ってください、これ、おかしいっすよ」と遮った。彼は民俗学を受講していた。

「道祖神って、集落に悪いモノが入らないように、魔除けとして村の境や辻に置いとくものなんです。だから本当は、道祖神があるんなら、こういうとこになきゃおかしいんじゃないんですか。っていうか、こんな辺鄙なところを道祖神で守る必要がないっていうか……とにかくなんかおかしいですよ」

と言って、道の交差するあたりの一角をライトでよく照らしてみると、雑草の生え方が周囲と異なり、土が多く露出している。かつてここに何かが置かれていて、今はないのではないか。そんな想像が誰にでもできた。

「じゃあ、なんで」

動かされた? 撤去された? そんなことを口にする前に、誰かがぽつりと呟いた。

「動いた……?」

まさか、と皆が思ったが、なぜだか「動いた」という突拍子もないはずのアイディアに呑まれて、皆押し黙った。

引き返そうか、いや、この場所ではないのかもしれない、言い合いののち、とりあえず道なりにハイキングコースを踏破しようということになった。地図によるとコースは開けた丘に通じており、そこをゴールにして引き返せば良いだろう。

ミシミシミシ……と森のどこかから軋む音がする。次の瞬間、地を割く大砲のような、鈍く太い音が響いた。

ざわざわと枝葉がふるえて、彼ら一同のもとまで伝わってきたが、音の出所の方角はまったく分からなかった。

「なにコレ、何の音!?」

「たぶん、倒木だよ」

「風も吹いてないのに、いきなり?」

「もとから、きっと木が腐ってたんだよ! たまたま今倒れたんだって!」

「そうだよ、たまたま折れたんだって!」

皆が皆を安心させるため、何より自分自身を安心させるために、合理的な言い訳を思い浮かべ、顔に笑顔を貼り付けていた。この辺にはフクロウやムササビもいるんだって。シカやイノシシだっているかも。じゃあ音がしても、そいつらのせいだよ。

引き返す提案をできる者はいなかった。なぜなら、引き返すのは「怖いから」、いま引き返す必要のあるほど怖い状況にあることを自分や皆に認めさせないと、引き返すことは選べない。

だから、夜闇のせいでどこまで続いているのか不安になるハイキングコースを抜けて、夜空の見える開けた丘の上の広場にたどり着いたとき、一行は肝試しではなくナイトハイクに来た人たちのように「やった〜」と安堵を浮かべて到着を喜んだ。

懐中電灯の光をあたりに振り回した先輩が、広場の隅に立てられた看板に気付く。由緒正しい碑文などではなく、平成の時代になってから設置されたと思われる真新しいハイキングコースの案内図だった。

「ここ、去年行った○○城跡の裏じゃん! ここが三の丸? だよ。去年は山の反対側から登ってきたんだ」

なんだ、同じ山だったのか。去年の○○城跡はなんにも出なかったところじゃないか。ならこの山道も、道祖神も、何もなかったんだ。先輩にも新入生たちにも安堵のムードが漂った。あとはもう帰って飲み直すだけだ。なんにも怖いことはなかったじゃないか……

「ねえ、あったよ」

広場の隅でカシマが声を上げた。冷や水を浴びせられたかのように一行は口をつぐんだ。真っ暗な山の夏の夜にセミは鳴かず、鈴虫のような他の虫の声も聴こえず、なぜだか薮蚊の気配もなく、あたりには微風が木々の葉を通り過ぎるかすかな音ばかりがさざめいて、山の静寂を引き立てる。

カシマが懐中電灯で照らした先には小さな石像があった。彼らの膝の高さぐらいだった。

カシマは石像のまえにしゃがみこんで見た。

「この像、ヘンだからみんな見てよ。顔が書いてある」

続きは『シンガロン[DEMO ver.]』書籍をお待ちください。

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Author : 山川 夜高

山川 夜高

libsy 管理人。DTP・webデザインを中心とした文化的何でも屋。
このサイトでは自作品(小説・美術作品)の発表と成果物の紹介をしています。blogではDTP等のTIPSを中心に自由研究を掲載しています。
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